見出し画像

ローリング・サラリーマン詩篇    chapter 12: GHOSTS 

会社というところにはいろいろと怖い話があるものである。

パワハラセクハラ大魔王なのにハラスメント相談窓口を発足させた自覚症状ゼロの役員、毎春誰かに一目惚れし秋口に終わるストーカー癖のある課長、定刻に出社後すぐ外出してずっとどこに行っているか誰も把握していないのに首にならないスパイ疑惑のある社員、ショッピングサイトを一日中閲覧している大御所女性社員、これらはリアルに怖いものである。

そしてまた、このような古いビルともなると、リアルかどうか誰にも証明できない怖い噂も耳にするのである。

深夜残業で恐怖体験をしたことのある人が多いビルである。一位、誰もいない会議室から人の声が聞こえるらしい。二位、六階の北側の窓外に女性が立っているのが見えるらしい。三位、フロアの電灯が突然消えることがあるらしい。四位、プリンタから急に白紙が出て来て止まらなくなったことがあるらしい。という具合である。僕はこの手のアンテナが全く張っておらず、一位二位は疲れからくる脳の誤作動、三位は省エネを目論む会社の陰謀、四位は新品プリンタの青年の主張、と睨んでいる。

ところが先輩のAさんは、デスクで金縛りにあったこともあるという敏感体質である。無風のはずのオフィスで資料が捲れるといったポルターガイスト現象も体験したと言っている。誠実な性格で知られるAさんのことゆえ疑うわけではないが、実際そんなことが起こりうるのだろうか。疲れ過ぎではないだろうか。とにかくあまりに怖がり方が面白いので、ついついからかいたくなるのである。

「先輩、僕もこの間初めて見ましたよ。」
「えーっ!」
「六階の端の窓ですよね。」
「いや、その話、やめようよ〜。」
とか、
「先輩、夜中の営業フロアのプリンタ、マジやばいですよ。」
「また。からかってんでしょ。ひどいな。」
「いや、パチパチ音がするんですよ。」
「えーっ!」
とか。本当に迷惑な話である。ほぼ嫌がらせである。罪に問われないものだろうかドキドキする。

いけない、いけない、と思いつつも、昨夜は自分だけ居残りしているのがなぜか腹立たしくなり、夜中に先輩にいたずらLINEを送ることにしたのである。
—————————————
先輩、今まだ会社なんですけど、会議室から話し声が聞こえて怖いです。

      大丈夫? うそでしょ。

なんか、年配の男の人と、若い女性の声なんですけど。聞こえたり静かになったりしてたんですけど、今ハッキリ聞こえます。

      人がいるんじゃないの?

さっき、見に行きました。電気もついてません。

      やばいよ。
      近づかない方がいいよ。

これって先輩が前に言ってたやつですか?

      ちょっと違うけど。
      とにかく、早く帰りなよ。

あと2時間は帰れません。
女の方が泣き出したみたいに聞こえます。

      明日朝手伝うから。
      ちょっとこっちまで怖くなってきたから。
—————————————
悪い男である。僕はスマホをいじりながら滅茶苦茶ウケていたのである。しかし、本当にいい先輩である。もう大抵このくらいにしなければならない。大体ちっとも仕事がはかどっていないじゃないか。

僕はデスクを立って、トイレに向かった。その時デスクに置いたままのスマホの着信音が鳴ったのだが、なんて優しい先輩なんだろうと思ったものの、あえてここは引っ張ろうと思い、構わずトイレに向かった。

僕は小便器の前に立ち、ご機嫌に用を足していた。いばりの流れもさらさらとスムーズで、いたって健康のようである。ご存知だろうか、ジョボボボボと大きな音を立てて泡立つ尿は糖尿気味なのである。

さて、洗面台で手を洗っていると、僕が用を足した隣の便器からも水が流れ始めた。センサーが不調かな。それとも定期的に水が流れるようになっているのだろうか。すると、僕の隣の洗面台の蛇口からも水が出て、はて、と僕が見ると、しゅっと止まった。

デスクに戻って着信履歴を確認すると、最後の着信は40分前だった。

やれやれ、おかしなことになってきた。

霊感アンテナは持ち合わせてないものの、ちょっと不気味に思えて来たので、さっさと仕事を済ませて帰ることにした。

すると画面上のポインタがたまにすすすーっと滑るのである。はい、こんなことは体験済みです。リモートコントロールですよね。しかし一体誰ですか?

「誰ですか〜?」

僕は一度大きな声を出してみた。こういう時は声を出すに限る。そして意味合い的にも、僕のポインタを勝手に操作しているのは誰なのか? 便所で僕の隣で用を足して手を洗ったのは誰なのか? 会議室で喋っているのは誰なのか? この呼びかけ方が一番正しいのである。えっ、会議室で喋っている?

確かにフロアの奥の電気の点いていない会議室で誰かが喋っている声が聞こえる。これは相当やばいではないか。よし、仕事は明日の早朝に片付けよう。そうすれば誰かいるし。とにかく今夜は急いで帰ろう。僕はPCはそのままにそそくさと帰ることにした。

この時間はエレベーターホールも真っ暗である。意外とこのビル、ムードたっぷりである。暗闇に下向きの三角だけが灯っている。早く来い来いエレベーター。

到着したエレベーターに乗り込み「1」のボタンを押して「閉」を連射する。イヤホンをしてスマホで明るい曲でも聴こうかと思ったが、耳を塞ぐのが怖いのでやめた。エレベーターの中は蛍光灯の光に満ちていて、少しほっとする。

すると、六階でエレベーターが止まった。ああ、他にもお疲れ様な社員がいたのか。同乗者歓迎! しかしドアが開いても真っ暗なホールには誰もいなかった。そして時間切れのように扉が閉まろうとした時、ふうっと風が吹いて明らかに誰かが乗り込んできたような気配がした。全身の鳥肌が立つ。

そしてその後このエレベーターは、ランプも点灯していないのに、五階、四階、三階、二階と各階で止まり、その都度ドアを開け閉めし、一階に着いたところでドアが開かなくなって、灯りが消えた。







***********
この詩篇はフィクションです。
実在の人物・会社とは 一切関係がありません。

ローリング・サラリーマン詩篇 prologue
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 1: CONVENIENCE STORE
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 2: E-MAIL
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 3: 7:00AM
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 4: TRAIN
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 5: GODZILLA
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 6: BIKINI MODELS
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 7: PRESENTATION
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 8: MASSAGE
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 9:  STAFF
ローリング・サラリーマン詩篇 poem:   なりたいもの
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 10: TAXI DRIVER
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 11:  NIGHT LIFE
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 12: GHOSTS
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 13: NICKNAME
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 14: JAZZ CLUB
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 15: NURSE
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 16: LUNCH
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 17: FAREWELL PARTY
ローリング・サラリーマン詩篇 the last chapter: パリで一番素敵な場所は



#創作大賞2024 #お仕事小説部門


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?