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ローリング・サラリーマン詩篇    chapter 3: 7:00AM

誰もいない早朝のオフィス。
たまに早起きしすぎて、のんべんだらり家でテレビを見るよりいいだろうと、特にやることもないのに出勤してみると、オフィス一番乗りを果たしたりする。
節電モードのプリンタや画面の落ちたPCが、窓から差し込む横からの光を受けながら、無音で主人の到着を待っている。人のいないオフィスは驚くほど静かで休日のようだ。無機的だがなぜか平和な印象を受けるのは、ここではない何処かで今始まるそれぞれの生活を夢想するからだろうか。ラジオを聴きながらパンを齧ったり、寝癖を直したり。家族のいる人は奥さんと語らったり、子供を送る準備をしたりするのだろうか。
今の会社に勤めて、ちょうど15年。飽きっぽい性格の割にはよく続けられたもんだ。
本当は他に入りたい会社があったのだが、次から次へ面接で落っこちた。どこからも連絡がないので、一人暮らしのアパートの部屋で「便りのないのは、よい便り〜!」と叫んでみたりしたのだが、その後しっかり数々の不採用の封書が送られてきた。
不安で呑んだくれた夜、見知らぬ男が見知らぬ街で「君は大丈夫だから!」と大声で僕に呼びかけている夢をみた。朝起きてぽかんとし、全然大丈夫じゃあないだろう、と不思議な気持ちになったのを覚えている。
その後どうにかひっかかったこの会社で、どうにか今までやってきた。まあそんな大そうなことじゃないけれど。
入社当初は朝から晩まではりきって働いていた。当初はというと、語弊があるか。今もそれなりにがんばっております。ただ、そうがむしゃらにやってもうまくゆかないこともあり、そういうのは新人君に任せているのである。
働いている人のいないオフィスを見ていると、平和な気分になった反面、何をしたくてこの会社に入ったのか忘れてしまっていることに気がついた。実際周りがもくもく働いているので、そういうもんだと思って働き続けているところもある。
どうも朝から考えすぎになっていかん。いやしかし、第一志望ではなかったが、何かやりたいことがあったのだ。しかし、どうしてもその気持ちを思い出せない。
窓の外の景色もずいぶん変わった。新しいビルが建った場所に、元々どんな建物があったかも忘れてしまった。
ぼうっと朝の光を見ていると、ブラインドがモーター音を立てながらはらはらと降りてきた。誰かがスイッチを入れたらしい。
「まぶしいですよね。」
スイッチの方をみると、清掃のおばさんが立っていた。
「ああ、ありがとうございます。」
おばさん、僕はなんで働いていると思いますか?
おばさんは会釈して、フロアの掃除に取り掛かった。こうしてこのビルは動き始める。働く理由なんて何だっていいだろう、とりあえず。
さあ、朝のメールチェックだ。






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この詩篇はフィクションです。
実在の人物・会社とは 一切関係がありません。

ローリング・サラリーマン詩篇 prologue
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 1: CONVENIENCE STORE
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 2: E-MAIL
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 3: 7:00AM
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 4: TRAIN
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 5: GODZILLA
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 6: BIKINI MODELS
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 7: PRESENTATION
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 8: MASSAGE
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 9:  STAFF
ローリング・サラリーマン詩篇 poem:   なりたいもの
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 10: TAXI DRIVER
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 11:  NIGHT LIFE
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 12: GHOSTS
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 13: NICKNAME
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 14: JAZZ CLUB
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 15: NURSE
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 16: LUNCH
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 17: FAREWELL PARTY
ローリング・サラリーマン詩篇 the last chapter: パリで一番素敵な場所は

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