ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 1: CONVENIENCE STORE
(あらすじ)
むかしむかしあるところに、一人のサラリーマンがおりました。
本人なりにまじめに仕事をしつつ、さほど評価されることもなく、ただ己の思うところには忠実に、かろやかに、つまづきながら、生きておりました。
これは、そのサラリーマンが日々の出来事や妄想をそこはかとなく書き作った物語です。
一流のビジネスマンに時流を読む目が必要とされるように、一流のサラリーマンにはその日一日が平和に過ごせるかどうかを見極める勘が必要である。その勘の導きによっては、いつも通りに働くか、遮二無二働くか、卒なく働くか、悔いなく働くか、給料分だけ働くか、それ以上に働くか、春のようにゆるりと働くか、冬のようにしゃんと働くか、その日の働き方を決めなければならない。これは一大事だ。
ところが、やはり未来のことなど自らの力ではなかなか予想できるものではない。そういうわけで、僕は毎朝出社前のコンビニタイムに、ちょっとした「今日の占い」を楽しむことにしている。
僕が立ち寄るコンビニには、浅黒の体躯もゴツく、日本人離れした広い鼻腔を持つムサいアニキ、いや失礼、若い男性の店員さんが朝のシフトに入っている。そこで僕の開発したコンビニ・レジ占いだが、これによると支払いの際に彼のレジに当たれば〝ハズレ〟と決まっている。その日一日あまりうまくいかないことが予想されると。心しろよと。逆に他の店員さんの台だと当たり。今日一日ミスもトラブルもなくほぼ平和に過ごせると予想されます。
なぜ彼だと〝ハズレ〟なのか? いや、彼の応対がぞんざいだとか、ニオイがするとか、何か直接的な害がある訳でもなんでもない。筋の通ったハズレの根拠は皆無である。生理的に彼が嫌いということでもない。ただ、アニキ台はハズレなのだ。まあ、失礼な話である。しかし僕の中でハズレと決めたのだ。だってそうだろう、他の店員さんは若い女性で、彼だけがゴツく、しかも若い男なのだから。
思うにこの占いは、仕事というものは自らでコントロールなぞできるものではなく、上司の機嫌やお得意様のご都合など、理不尽かつ予測不能の事態にいくらでも左右されるものであることを自らに納得させつつ一日を朗らかにスタートするための、サラリーマンの知恵なのだ。
くだらないって? まあいい。とにかくこのふざけた占いにはフェアに行われなければならないという厳格なルールがあり、列にはあくまで自然に並び、流れに任せて作為なくレジに進まなければならない。
朝は必ず列が出来る店である。通常三人の店員さんがレジ台にいる。列を進む。アニキのレジがすいすいとはけていく。お、ヤバい。このままでは、彼のレジだ。するとサラリーマンがタバコを頼む。時間がかかる。いいぞ、同胞! よし、流れが変わった。このまま順調に当たり台に進めるのか? そこで客の中年女性がまさかの振込を始める。おい、朝イチにレジ独り占めすんなよ。ネットで出来ないものですか。くそう危ないぞ、今日はアニキのレジなのか。同胞よ、コーヒーも頼め! どうだ。するとすんでのところでもう一つの女性のレジが空く。ぎりぎりセーフ! 今日は吉日! …みたいな。
……、たしかにくだらないですね。ああくだらないとも。くだらないが、生のルーレットである。これで一日の始まりを少しばかりスリリングに迎えることが出来るのだ。
ある朝、僕はいつも同様にその占いを楽しんでいた。ペットボトル一つ買うだけで参加出来る朝の占い。そしてその日は運悪くハズレだった。ゴツいアニキのレジに辿り着いたのである。まあ仕方ない。こんな日もあるさ。
「らっしゃいませ〜」アニキはお構いなしに笑顔を僕に向ける。このアニキ、本当はいい人なのかもしれない。マニュアルとはいえ、割とまっすぐないい挨拶。しかし顔がゴツい分、笑顔に圧があるのだ。しかも、らっしゃいの部分と、ませ〜の部分が同じ間まの、二拍の、彼独特の言い方である。「い」をちゃんと発音しているか?
なんだか朝からエネルギーを吸い取られたような気分になる。はいはい、そりゃレジ占いなんて知る由もないよね。こちらも長居をする気はございません。罪のないアニキを前にやさぐれていると、店内のBGMで、TUBEの「SEASON IN THE SUN」が流れ始めた。なんとも、占いに破れた僕を元気づけてくれるようじゃないか。やれやれ。
僕はテキパキと会計が終わることを願って、ペットボトルのバーコードの側をアニキの方に向けてレジ台に置いた。
そして、レジ袋は要らない、なる早で会計を終わらせたいのだという意図を間違いなく伝えるために、しっかりアニキの目を見て、
「このままでいいです。」と言った瞬間、
♪このままでいたいのさ~ がまさかのシンクロ。
するとアニキはバーコードリーダーを持った手を止めて僕に視線を移し、スローモーションでにっこりと笑った。いや、そんなあどけないものではなく、にんまりという感じか。
あの、狙って言ったんじゃないって分かってるよね。なんか滅茶苦茶はずかしいぞ、俺。
「ハイ! こ・の・ままで〜」
あ、かぶせてきやがった。というか、こういう絡みいらないから。隣のレジのコ見なくていいから。後で話題にしなくていいから。
やはり、人をネタに遊ぶとバチが当たるようである。
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この詩篇はフィクションです。
実在の人物・会社とは 一切関係がありません。
ローリング・サラリーマン詩篇 prologue
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 1: CONVENIENCE STORE
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 2: E-MAIL
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 3: 7:00AM
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 4: TRAIN
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 5: GODZILLA
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 6: BIKINI MODELS
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 7: PRESENTATION
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 8: MASSAGE
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 9: STAFF
ローリング・サラリーマン詩篇 poem: なりたいもの
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 10: TAXI DRIVER
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 11: NIGHT LIFE
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 12: GHOSTS
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 13: NICKNAME
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 14: JAZZ CLUB
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 15: NURSE
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 16: LUNCH
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 17: FAREWELL PARTY
ローリング・サラリーマン詩篇 the last chapter: パリで一番素敵な場所は
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