ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 4: TRAIN
一流のサラリーマンともなると、どんな場所のどんな時間帯であろうと颯爽と電車を乗りこなさなければならない。
何線のどの辺りの車両が比較的空いてるのか、それとも速さ優先混むのは承知で目的地の改札に近い車両を選ぶのか。乗ったら乗ったで、その時間を何に使うのか。広告でもみるのか、スマホをみるのか、はてまた文庫本でも読むのか。
僕の場合は、何もせず、辺りを眺めて時間をつぶします。
なにせ東京はいろんな人がいはります。吊り革にぶら下がって、人間様の見学です。今日は目の前にタンクトップ姿の女性が座っているのだが、片腕に肩から手首までびっしりとタトゥーが入っています。これはなかなかファンキーですな。和彫りというのでしょうか、元々そこに鱗があるかのように緻密に綺麗に彫られています。しかし、決してジロジロ見てはいけない。これはマナーであります。スマホで「タトゥー」を検索し、なるほどそんな歴史があるのですかフムフム知らなんざ、とやりながら、スマホを隠れ蓑に本物をチラ見するのであります。生きた社会勉強であります。
しかし、困ったことに東京はいろんな人がいるのである。
「入れ墨隠せよ。」
それまでの数分間をぶち壊すように、女性の隣に座っていた若い男が吐き捨てるようにそう言って電車を降りて行った。
現実の畜生め。おまえはなかなか一般市民をほっこりさせといてはくれないな。
最初は何が起こったのか分からなかったが、その男が悪意を放り投げて去って行ったのには違いなかった。
この入れ墨の何が気に入らないというのだろう。これは見て不愉快になる類いのものなのだろうか。たとえ彼にはそうなる原因があったとして、その不快を他人の膝の上に捨てて行くようなことをしてよいものだろうか。
僕はどうしていいか分からずに彼女と目を合わせたが、こんなことには慣れているのか、彼女はふぅと一息ついてまたスマホをいじり始め、次の駅で降りて行った。
僕は目の前の席を空けたまま、廊下に出された小学生のように吊り革の下で突っ立っていた。僕の心臓はなぜかドキドキしていた。
それが治おさまったのは、空いた席に座った子のおかげだった。目の前のとある異変に気がついたのである。まだ二十歳そこらの女の子が座っている。彼女のベルトに、値札が付いているのだ…。
うん。どうみても、ベルトにタグがついてるよ。
¥2900
急いで家を出たのだろうか。買って巻いたばかりなのだろうか。しかし、若い女の子がオシャレをしてお出かけしてるのだ。値札をつけたままのベルトを人に見せたい訳がない。えっ、まさか最近はこういうオシャレがあるのだろうか。いやそれはちょっと考えにくいな。
とにかくさっきの一件があったためか、僕の意識はそれを忘れたいようにこのタグに集中してしまった。そしてどうにか自分で気づいてほしいので、僕はそのベルトを凝視することにした。
しかしこんなにベルトを見続けているのに、彼女はかまわずスマホをいじり続けてる。そのスマホ、どんだけ面白いのだ。
どうしようかな? 面前で指摘もされたくないだろう。ほっとくかな。
よし、スマホにはスマホで対抗である。僕は意を決し、自分のスマホを取り出し、「ベルトにタグが付いているような気がします。」と打ち込んで、画面を彼女に差し向けた。らしからぬ義憤を覚えた後で、ちょっと大胆なことも出来たらしい。
一瞬「?」顔で画面を読んだ彼女は、自分のベルトを見てちょっと赤面しながら、今度は僕の目を見て「ありがとうございます。」と言った。
電車が目的の駅に着くと、「おかえり。」という誰かの声が聞こえた。
どうやら僕は無事に愛しい現実に戻れたようだ。 電車の神様が、何てこともないありふれたことでしょげた僕に、おまけの非日常をくれたのである。
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この詩篇はフィクションです。
実在の人物・会社とは 一切関係がありません。
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ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 3: 7:00AM
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 4: TRAIN
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 5: GODZILLA
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ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 7: PRESENTATION
ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 8: MASSAGE
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ローリング・サラリーマン詩篇 chapter 10: TAXI DRIVER
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