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「騙し絵の牙」鑑賞記録(2021/3/28)

近頃、大きな劇場に足を運ぶたび、予告編が流れていた。キャストの面々には惹かれていたが「騙し絵」というミステリアスな単語がやや引っかかった。ミステリーやアクションはあまり得意ではないからだ。理由は、いろいろな意味で途中でついていけなくなる気がするから。とはいえ、ずいぶんと派手なアクションシーンが多かった「奥様は取り扱い注意」は楽しめたので、いっちょ観ておこうかという気合いで、仕事帰りに劇場へ足を運んだ。

この作品は、ひとことでいうと「大手出版社の内輪争い」である。常務派と専務派の2つの派閥が、老舗文芸雑誌派とカルチャー誌派に分裂し、パイを奪い合う。老舗文芸雑誌派は、会社の「顔」として、品位とブランドを守り続けてきたプライドがある。それゆえ、これまでは優遇されてきた。しかし、発行部数は右肩下がり。そこに、先代社長の死という争いの火種が飛んでくる。

常務派は、過去の栄光にとらわれていた。それゆえ、文芸雑誌の発行部数を大胆に伸ばすための知恵がないし、これまでの型を壊して新たに創造しようという気迫もない。文芸文化を将来につなげていきたいという思いは強いが、それは「これまで自分たちが会社を支えてきた」という精神論に他ならない。

一方、専務派は、会社を建て直すためには、大胆な経営改革が必要であると主張する。先代社長の後継には、専務が選ばれ、それは実行される。専務派は、常務派の影響力をなくすため、文芸雑誌の発行回数を削減し、カルチャー誌へのてこ入れを図っていく。そこで、カルチャー誌の編集長として登用されたのが、速水輝(大泉洋)である。敏腕編集者として渡り歩いてきた経験を生かし、社の救世主としての役割を期待された。当初は文芸雑誌の編集社であった高野恵(松岡茉優)は、速水の誘いを受け、鬱屈した文芸雑誌派から半ば裏切る形でカルチャー誌へ異動する。カルチャー誌派の手段を選ばないやり方に対し業を煮やした文芸雑誌派も触発され、騙し合戦を繰り広げるのである。

この作品に対しては「騙し要素が薄い」というレビューもあった。あまり騙し要素が多くない、と。恐らくは、ミステリーをよく見慣れた人の感想ではないかと思う。どちらかといえば、ちょうど良いくらいではなかっただろうか。大どんでん返しというものがあったかなかったか解釈が分かれるが、ただ、キャストがそろいもそろって誰かを騙すということだけは、間違いなくいえる(もちろん全員ではないが)。しかも、テンポ良く。まさかこいつまでが…という展開もあり、やはり満足である。相手を騙していたつもりなのに、実は自分が騙されたということに気がついたときの悔しそうな顔を「メシウマ」と呼ぶのだろうか。多分そうなのだろうと思う。

ミステリーにおいて「どういう騙し要素があったか」を開陳することは、間違いなくネタバレにあたる。その点については触れず、印象に残った場面を紹介する。

それは、主人公・速水は「難しいけど、面白い」を信念に行動していることを、もう一人の主人公・高野に打ち明けたところである。これは、上司である速水から、部下の高野に対する人生訓のように思える。いろいろな現場で、いろいろなことを「やらかし」てきたから、時にもてはやされ、時に妬まれ、さまざまな感情を経験してきた。しかし、それでも、速水はやり続ける。もともと老舗文芸雑誌派にいた高野にも、いつかノーサイドで返り咲いてほしいと願っていたからこそ、そんな話をしたのだろうか。

ただし、忠告しておくと、こんなにしんみりとしたエピソードで幕を下ろすことは、当然ないのであった…。「その笑顔に騙されてはいけない!



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