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「期待しない」術
※カバー画像は、どこかで出会ったノラネコです
今の職場に入ってまもなく2年が経ちます(=社会人3年目に突入します)が、ようやく現場の人間関係に(良くも悪くも)適応してきました。それは、一緒に働いている人と100%うまくいっているということではなく、彼/彼女らの長所も短所も何となくわかるようになり、相手の心情を無理に推し量って消耗するというようなことが少なくなったということです(そうはいってもやはりゼロにはならないです)。
※上述した仕事にかんする話題に関心のある方は、この記事の最後に載せている過去の記事を参照ください
言い換えれば「他人に期待しない」という考えを自ずと実践するようになったということなのではないか、と思っています。一緒に働いている人の中には、ケアレスミスの多い人もいれば、マルチタスク的な場面になるとパニックになる人もいます。「他人に期待する」のであれば、それらは仕事をする上でふさわしくない状態なので、必死に直してもらうような方向性に持っていくことになるでしょう。場合によっては、きつい言い方で注意することもあるかもしれません。でも、それが本当に意味のあることなのか、とついつい考えてしまうのです。
相手は子どもではなく大人です。人格がある程度固定されていて、そうそう変化することはないでしょう。もちろん個人差はありますが、一般論としてはそうだと思います。何らか手を回したところで、下手に引っかき回すだけになりはしないでしょうか。他人の考え方や行動様式をそう簡単に変えられるとは思いません。それは、時間と労力の無駄ではないでしょうか。抱いていた期待が裏切られると、落胆し、失望し、消耗するのです。下手すると泣きたくもなります。
そういうことを思うと「他人に期待しない」ことが最適解となる場合は少なくないように思えてきます。もしかすると、大人になってある程度社会にもまれた結果として「他人に期待できない」ような人間になってしまったのかもしれません。「他人に期待する」ことをあきらめない人とは相容れない考え方をしていますので、時にひんしゅくを買うことがあるかもしれませんが「他人に期待する」人にも「期待しない」ことにしています。繰り返しになりますが、他人の考え方や行動様式をそう簡単に変えられるとは思いません。正義感に触発され、あえて衝突する道を選ぶのは賢明ではなく、共存していく道を探る必要があります。
他人のことを一生懸命変えようとするのは「のれんに腕押し」です。そうであるならば、他人を変えようとするのではなく、うまく相手に合わせて自分の行動を少し変えた方がずっと良いはずです。どちらがより多くの時間と労力を使い、そして、それが無駄になるかどうかを考えると、自ずと答えは見えてきます。
正義感の強い人には堪えがたいことかもしれませんが、人生100年時代にうまく世を渡っていくためには(いくつになったら年金がもらえるかわからない世代がストレス少なく長く働いていくためには)「省エネ」を意識することは、悪いことでなく、むしろそうあってしかるべきなのではないでしょうか。そうでなければ、働くことがしんどくなります。働くことが難しくなると、結果的に生きていくことが難しくなるのが、今の世の中の現実(理不尽な点ではありますが)です。「現時点」での肌感覚を信じると「他人に期待しない」生き方は決して悪くないものです。カバー画像のノラネコのごとき姿勢で、肩の力を抜いてみませんか。
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