見出し画像

借りパク奇譚(9)

「不謹慎かもしれませんが、僕はやっぱりカンバルさんの話にすごく興味があって、次、カンバルさんの話を聞いてもいいですか?」とボンネが今度は山田に話を振る。

"ボンネ" ナイス! おれは心の中で叫ぶ。人を借りパクしたという、冗談にしてもきわどすぎる話。内容次第では山田との友情は終わりだ。正直おれには山田に話を促す勇気がなかった。

「えっ、はい。でも、つまらない話ですよ」と無駄に謙遜する『ケンソルジャン』。

大丈夫、つまらないことなどあり得ない。おそらくここにいる誰もが聞きたいはずだ。いや、冗談でも借りたものに ”人の名前” を書いたお前にはそれを説明する義務があるのだ。

「えーそれでは私の話をしますね」

人を借りパクしたという男がそう言って話し始めた時、おれには火の管理をしていたポチの耳までがデカくなったように思えた。

「えー男は浮気性でした。えーおれは真面目でした。つまりはそういうことです……」

「えっ!? 全然わからないんですが」

急に口ベタになる山田にツッコむボンネ。

「えーと。そうだな、どこから話そうかな……」

おれの前でフィアンセとの馴れ初めを話したくないのか、なおもうだうだ言う山田を、

「とりあえずは、パクさん、失礼、カンさんと被害者、柳田哲平やなぎだてっぺいさんの関係あたりから話し始めてめてみてはどうでしょうか?」

とおれは促す。

「あ、なるほど。そうですね。えーと、柳田哲平という、まあ、ワルい奴がいたんですね───」

ワルい奴はお前だろ! 話の冒頭こそ心の中でそうツッコんだおれだったが、次第に ”借りパク王子” の話に聞き入っていった。

山田と柳田、ふたりが知り合ったのは2年前の3月、SNSを通じてだった。同じヤクルトファンということで意気投合したふたりは、やりとりを重ねていくうち、どんどん仲良くなっていった。

知り合って1ヶ月、山田は柳田から、今度一緒にヤクルト戦を見に行かないかと誘われる。SNSでの出会い、まだ相手をよく知らない状態でそうすることに山田は少なからず抵抗があった。

ただ、断るのもノリが悪いと、柳田をしらけさせてしまうかもしれない。迷ったあげく、結局山田はそれを承諾した。

観戦日当日、球場前で柳田を待っていた山田は、待ち合わせに怖いお兄さんが現れ、カツアゲされたらどうしよう。話が弾まず、会話が途切れ気まずくなったらどうしようと色々ヤキモキしていたのだが、いざ蓋を開けてみるとそれは杞憂だった。

待ち合わせ場所に現れた柳田哲平は爽やかなイケメンで、チャーミングな笑顔をもち、目印にと言っていた紺のジャケットがよく似合っていた。

柳田との観戦は抜群に楽しかった。お互い贔屓の選手は一緒だったし、先発投手のその日のできや、試合展開の予想など、ふたりの意見はピッタリと合った。会話は弾みに弾んで、試合もその日、ヤクルトが快勝。以後、一緒に観戦に行く機会はどんどん増えていった。

ただ、実は観戦はふたりきりというわけではなかった。柳田の方が毎回女性を一人連れてきたからだ。女性は毎回同じではなく、山田が記憶しているだけでも6人、柳田は別の女性を代わる代わる連れてきた。彼女たちの中の何人かは、明らかに柳田の恋人に見えた(柳田は何股もしているようだった)。しかし、他の人はあくまでも知人といった感じだった。

不思議なのは、彼女たちは皆、野球にさほど興味がないように見えたことだった。つまり、山田とは違い、野球を楽しむために柳田についてきている訳ではないようなのだ。柳田の彼女であれば、彼氏の趣味に付き合って、というのはわかる。ただ、それ以外の女性に関しては、その理由が不明であった。ひよっとしたら、彼女たちに山田を恋人候補として紹介するつもりか? とも考えたが、残念ながらそんなことは全くないようだった。

彼女たちは野球にこそ興味はなかったが、観戦中、特に退屈そうではなかった。むしろ積極的にその場に溶け込もうと努めているように感じられた。観戦後に山田と柳田は飲みにいくことが常だったが、彼女たちはそれにも積極的に参加した。ただ、それに関してもお酒の場が好きだからという訳ではなさそうだった。変な言い方かもしれないが、なんだか彼女たちは雇われたエキストラのように感じられた。

野球観戦中や飲みの席で、柳田は彼女たちのプライベートな事柄に一切触れなかった。またそれらについて、質問することもなかった。だから山田も柳田に習い、意識してそうすることを心がけた。そして柳田に対しても、彼女たちがなぜ自分たちに同伴をしているのか、あえて聞こうとしなかった。聞けなかったというの実際のところではあるが。

そんな彼女たちの中に「成田千佳」がいた。千佳が初めて柳田に連れられてきたのは忘れもしない、柳田と3回目の野球観戦の時だった。山田にとって全てが完璧であった彼女。山田の心は一瞬で彼女に奪われた。

彼女の魅力はなんと言ってもその笑顔だった。彼女が笑えば、山田の疲れも憂鬱も卑屈も全て、一瞬で溶けてしまった。

千佳に恋をしてしまった山田。ところが彼女は、明らかに柳田の恋人のうちの一人だった。ある日の観戦後の飲みの席で、山田がトイレに立った隙に、ふたりが手を握り合っているのを目撃した。それはあわよくば、千佳が柳田の恋人ではないであってくれ、という期待を打ち砕くものだった。

それでも山田の気持ちは日に日に高まっていく。滅多に会えない状況がそれを助長する。悶々とする山田。柳田が何股もしていない、真面目な男なら潔く諦めがついたかもしれない。ただ、柳田には他に何人も女がいる。千佳オンリーワンではないのだ。

柳田に対して、徐々に怒りが湧いてくる。柳田に一発かましてやろうか、何度かそう考えた。ただ、女にだらしないのは別として、柳田は本当にいい奴だった。明るく、気さくで、山田にいつも親切にしてくれる。一緒に野球を観戦をするのは、相変わらず楽しかった。

だいたい自分が2人の関係に異議を申し立てるのは、お門違いのようにも思えた。千佳は柳田に他に女がいることを知りつつ、それでも一緒にいる。そんな感じがあったのだ。

ところがそれからしばらくして、転機が訪れる。

(10)に続く


いつも読んで下さってありがとうございます。 小説を書き続ける励みになります。 サポートし応援していただけたら嬉しいです。