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特定の家を持たず、全国を転々と‥。アドレスホッパーの日常とは

 特定の家を持たず、全国を転々としながら暮らす。そんな放浪生活を送る人々を「アドレスホッパー」と呼ぶらしい。アドレス(住所)をホッピング(渡り歩く)する人という意味。実践している人を探していたら、広島でも車中泊のアドレスホッパーに出会った。どんな日常なのだろう。(田中謙太郎)

日本一周を7万円の軽で

 7万円で買った中古軽自動車に乗って移動するアドレスホッパーは、山田竜兵さん(30)と嶋田瞳ステファニーさん(28)だ。昨年7月に山田さんの地元埼玉県をスタートし、広島県には11、12月に滞在。年末年始は福岡県にある嶋田さんの実家で過ごし、そのまま九州を巡っている。住民票は実家に残し、冬は南へ、夏は北へ。目指すは日本一周だ
 広島では竹原市の友人宅に滞在しながら、周辺の町を巡り、人との出会いを楽しんでいた2人。瀬戸内海に面した友人宅を訪ねると、笑顔で出迎えてくれた。

 「本当にこの車で生活しているんですか」。そう尋ねると「はい。ご飯を食べるのも眠るのもです」と嶋田さんは答えた。幅1・5㍍、奥行き3・3㍍の車内。座席を倒してマットレスを引けば、そこはリビング兼寝床だ。調理器具も携帯し、カレーや汁物などほぼ毎日自炊する。車の屋根に付けたソーラーパネルと発電機で、スマホの充電も問題ない。「お風呂は2日に1回、ネットカフェでシャワーを浴びています」と山田さん。夜眠るときは道の駅に駐車し、たまにゲストハウスも利用する

 昨年6月まで東京の大手人材サービス会社の同僚だった2人。仕事は楽しかったそうだが、「もっと自由でいたい」と意気投合、辞めて旅に出た。 「恋人同士?ってしょっちゅう聞かれるけど、恋愛感情は持ってない。仲良く活動するパートナーという感じですね」。2人は顔を見合わせた。

生活費は1人月7万円以下?

 気になるのはお金だ。例えば昨年10月の生活費は、食費5万9千円、観光費3万7千円、ガソリン代2万4千円…と、2人合わせて16万円。都会の1人暮らしは家賃だけで6、7万円飛ぶと考えれば、圧倒的に安い。嶋田さんは「普段は2人で13万円くらいです。10月は小豆島や淡路島に渡ったり友達と遊んだりして、結構かかっちゃった」と笑う。ぜいたくも我慢もしないのがモットーだ。

リモートワークで生計を立てる

 旅の邪魔にならない程度に、リモートワークで収入も得る。ともにキャリアを生かしたフリーランスで、山田さんは人材サービスを企業に売り込む仕事、嶋田さんは採用活動をサポートする仕事をする。作業は週3日、車内や道中のカフェでこなす。収入は2人で計20万円ほど。保険料や年金の支払いもあるが、十分に生活費はまかなえる。

 山田さんは「この生活の良さは、煩わしさがなくて、日々出会いが更新される所です」という。広島の瀬戸内エリアには若い移住者が多く、ゲストハウスやカフェで交流し、島でイノシシ猟をする人と仲良くなり、いろんな生き方に刺激を受けた。そんな日々の様子を、YouTubeやInstagram、TikTokなどでも発信している。

山田さんと嶋田さんが旅先で出会った人たち

いろんなスタイルがあります

 アドレスホッパーのスタイルは多様だ。実践例で目立つのは、スーツケース一つで宿泊施設やシェアハウスを転々とし、リモートで仕事をこなす人。車を拠点とする人は「バンライファー」とも呼ばれる。キャンピングカーやDIYした中古のバンが人気で、コロナ禍でのアウトドアブームが後押ししている。2人は超質素なバンライファーでもあるのだ。

 若者たちの間ではコロナ禍前から、最低限の物しか持たない「ミニマリスト」が増えていた。山田さんは「僕もそうです。物や場所に縛られず、人とのつながりは持ちたい。だから旅は一生続けたいんですよ」という。日本一周が終わっても、1人でアドレスホッパーをするという。コロナ後は海外を舞台にするつもりだ。

多拠点暮らし サブスクが後押し

 非定住まではいかずとも、時々旅をしながら働く多拠点生活はしてみたい。そんなニーズを後押しするサービスがコロナ禍で急成長した。「アドレス」という住まいのサブスクリプション。月会費4万4千円で、ネット環境が整った空き家や宿泊施設の空き部屋200カ所以上に滞在し放題になる。東京の運営会社が3年前に始め、この2年ぐらいは会員数がうなぎ上りという。
 東京の司法書士塩足昌弘さん(42)は、アドレスのおかげで、月の3分の2は各拠点を転々として暮らすようになった。これまで北海道から沖縄まで50カ所以上に滞在。パソコンとプリンターを携帯し、会社登記の書類作りなど仕事をこなす。IT系の人に多い遊牧民のように移動し働く「ノマドワーカー」的な生活だ。

 「紙ベースの仕事で顧客とも対面で打ち合わせをしていたから、東京を離れられないと思っていた。コロナ禍でリモートが当たり前になり、価値観が変わった」と塩足さん。昨年暮れに島根県津和野町の古民家に滞在した時もそうだ。小京都の町並みに心を癒やされ、仕事がいっそうはかどった。

「移住」から「移動」へ

 拠点で出会う他の会員たちとのつながりも視野を広げる。ガチのアドレスホッパーからITやデザインのフリーランス、地域おこしの起業家までさまざま。現地の住民との交流も楽しい。「法律の知識と経験を生かして、地方の空き家問題の改善に役立てるかもしれない。そんな新しいキャリアも考えられて、刺激的です」
 アドレスの運営会社の桜井里子取締役によると、ワーケーション目的での会社員の利用も多いという。「今まで地方に人を呼び込むというと、移住定住の話が中心でした。でもそれだけではハードルが高い。移動しながら働く暮らしなら、都市部と地方はもっと柔軟につながれます」

 モノや人間関係に縛られたくない、でも新しい人や町には触れたい―。記者(28)自身もよく考えることだ。ビギナー向けの多拠点生活なら自分にもできるかもしれない。試みるチャンスをうかがおう。