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映画『LEGOムービー(字幕版)』(2014年)がぶっ壊すポジティブでライフハックな生き方

■『フリーガイ』からの『LEGOムービー』

現代人必見と評判の高い『フリーガイ』を見てきました

ゲームのモブキャラ(背景に等しい定型的な役割だけの人物キャラ)が自我に目覚め、勝手に動き始めるという本作は、『マトリックス』~『ウエストワールド(HBO版)』の系譜に連なる米SFの近年のテーマ(バーチャルとリアルの相克、人間による被造物は人間を超えるか問題)をさらに一歩進めてくれるのではないかと予告編を見たときから楽しみにしていました。

米SFの近年のテーマについては以前にまとめてみましたので、興味がおありでしたら参考下さい。古事記通読⑰ですがこの回に古事記は出てきません。 

結果として『フリーガイ』は、『ウエストワールド(HBO版)』の延長上にある作品ではなく、リアルとは何かを主題とした『マトリックス』/『トゥルーマン・ショー』系の作品でした。

映画『フリーガイ』が用意した回答はとても模範解答的で意外性が少なく、観たあとに食事したばかりなのに小腹が減っているような物足りなさが残りました(私が過剰な期待をしていただけで『フリーガイ』はとても素晴らしい作品です。『デッドプール』より面白かったです)。

そんなわけで、他の人の感想で気持ちを見たそうとTwitter界隈をうろついていると、『LEGOムービー』との類似性を指摘する声がチラチラあります。

『LEGOムービー』???

レゴの人形が動き回るこの映画の存在は知っていましたが、子ども向けだと思って、これまで完全スルーしてきました。

でも、『フリーガイ』との類似性を指摘する意見があるということは、子どもではなく、批評精神のある大人が『LEGOムービー』を見ているということです。これは必見かも。

調べてみるとアマゾンPrimeでもNetflixでも絶賛配信中ではないですか。
プラスの課金ゼロ円なら見ない手はありません。

迷わずポチッとしたところ、予想をはるかに超える傑作でした。

この映画、単なる子ども向けではなく、子を持つ親をも対象にした、親が子どもに解説することを狙った作品だったんですね。


■『LEGOムービー』あらすじ(ネタバレ無し)

全てがレゴで出来た世界「レゴワールド」には、自由を奪う恐ろしい兵器「スパボン」があり、魔法使いウィトルウィウスが厳重に保管していた。ある時、「おしごと大王」(Lord Business=ビジネス卿)が攻撃を仕掛け、「スパボン」を奪ってしまう。ウィトルウィウスは、やがて選ばれし者が「奇跡のパーツ」を見付け出し「スパボン」を封じるだろうという予言を残す。

それから8と1/2年後、ブロック・シティに暮らす、ごく普通の建設作業員のエメットは、現場の穴に落ち、偶然にも「奇跡のパーツ」を発見する。
凡人エメットは、本当に選ばれし者なのか?自分でもわからないまま、物語は始まった。

というのが、ネタバレ無しの『LEGOムービー』の紹介です。ストーリーは、このようにオーソドックスな冒険譚なのですが、骨子のストーリーとは関係なく挿入されているメッセージがとにかく凄いのです。

冒頭から、物語は「8と1/2年後」に始まることが示されていますが、この「8 1/2」は、フェデリコ・フェリーニの名作映画『8 1/2』を思わせ、大人も意識していますよ、他の映画も下敷きにしていますよ、というメッセージになっています(たぶん)。

8 1/2 は欧米男性の平均的な靴のサイズで平凡な男を意味します。または、『8 1/2』はフェリーニの共同監督1作を含めた8 1/2作品目の映画であり、映画のタイトルに意味はないことを示しています。どちらにせよ、意味深ですよね。


■吹替版予告編は見てはならない

さて、この映画、プロモーション上の欠点があります。それは、吹替版の予告編が最悪だということです。しかも字幕版の予告編は、どうも存在しないらしいのです。

吹替版予告編は、2014年の公開当時の流行語をちりばめて意訳を重ねたもので、本作の持つ雰囲気を微塵も残しておらず、「今でしょ」「ワイルドだろう」「お・も・て・な・し」「じぇじぇじぇ」「激おこ」とかのトレンディーだった死語を立て続けに聞かされて、胃もたれしてしまい、本編を見る気が失せる出来になっています。

幸いなことに、本編吹替は予告編ほどには酷くないそうですが(私は見ていません)、こういう予告編が作られてしまったということは、狭くお子様にターゲットを絞ったマーケティング下で吹替版が制作されたものと思われ、吹替版では元来の作品のメッセージがどこまで反映されているか疑問です。

小学生から火がついてティーンや大人まで夢中にした『鬼滅の刃』と同等の志(とマーケティング戦略)が期待できない以上、本作も字幕版での鑑賞を強くお薦めします。

以下は海外版の予告編です。子供にもわかる英語なので、英語が苦手な人も雰囲気はつかめると思います。でも、凄さまでは伝わらないかも…。
ぜひ、本編を見て楽しんで下さい。そして、以降のネタバレ付き感想も楽しんでいただければと思います。


---ここから先はネタバレがあります---

■アカデミー賞とグラミー賞にノミネートされた劇中歌

主人公のエメットは、ごく普通の人物として描かれます。あまりに普通すぎて、周囲の人にその特徴を思い出してもらえないというシーンがあるほどの普通さです。

ところが、この普通さは、普通ではありません。

一人暮らしのエメットは、起床すると、天井や廊下にまで挨拶をします。そして、深呼吸をして、窓を開けて笑顔で街におはようと呼びかけ、朝の体操をし、シャワーを浴び、髭を剃り、歯を磨き、髪をセットし、服を着ます。

超、規則正しい。これだけで、立派な人物に思えます。

でも、これらの行動は全部、マニュアルに書かれているとおりであることが冒頭で明らかにされます(深呼吸まで!)。

このマニュアル、正確に言えばライフハック本です。というのも、字幕ではマニュアルと書かれていますが、英語ではインストラクション(=行動指示書)で、ちょっとマニュアルとはニュアンスが違います。
しかも、本のタイトルが「みんなに好かれハッピーでいられるために」(How To Fit in, Have everyone like you! and always be happy!)ですから、これはまさしく日本で言うところのライフハック本と言えるでしょう。

エメットは、ライフハック本(劇中でエメットはガイドと呼ぶので、以下はガイド本に統一します)に忠実であることで生活が充実すると信じているのライフハック信者なのです。

そしてエメット、毎日をガイド本どおりに過ごしているのに、その内容をちっとも自分のものにしていません。常にガイド本を確認しないとあらゆる行動がとれないのです。

で、エメットは、ガイド本どおりの手順で完璧な朝食を食べ、家を出て隣人に挨拶をし、道ゆく人々に声をかけ、交通ルールを守って、音楽を楽しみながら通勤し、『全ては最高!!!』という曲でテンションをあげます。

この『全ては最高!!!』という曲がまた凄いのです。

世間的な評価でも、第87回アカデミー賞の最優秀オリジナル主題歌賞と第57回グラミー賞の最優秀ソング・フォー・ビジュアル・メディア賞にノミネートされています。

でも、一言で言えばガチキチな曲です。

ポップでビートの利いた曲に合わせて、
人生の悲劇は考えようによって悲劇ではなくなるので負け惜しみでなく肯定的に考えようと歌い、

Stepped in mud, got some new brown shoes
It’s awesome to win and it’s awesome to lose

(歌詞拙訳:ぬかるみにはまることで新しい茶色の靴が手に入る。勝つことは最高だ、負け犬になることも最高だ)

しかも、考えようによっては何でも勝ちだと言えるのだから、協力しあって脳天気にパーティーを永遠に続けようと現実からの集団逃避に誘うのです。

Side by side you and I gonna win forever
Let’s party forever

(歌詞拙訳:君と僕とが助け合えば永遠に勝ち続けると言えるんじゃないかな?さあ終わらないパーティーを楽しもう)

そして、こんな歌を歌う僕は君であり、みんな一緒なんだというフレーズがリフレインされます。

We’re the same, I’m like you, you’re like me we are working in harmony
(歌詞拙訳:僕らはみんな一緒さ、僕は君に似ているし、君は僕に似ている。僕らはみんなで協調して働いているのさ)

マジで悪夢のような歌です。でも、エミットはレゴの人形なので可愛らしくも思えてしまう。うまい作りです。

ライフハック大好き人間が愛するのが、この奴隷根性肯定歌なんです。

私は、アメリカという国はライフハック的なるものを肯定的にとらえているものとばかり思っていましたので、この冒頭には度肝を抜かれました。


■ライフハックを否定する

レゴ適齢期の子どもは、ガイド本どおりの毎日なんて送りませんから、冒頭のシーンは子どもの笑いを取るために挿入されたものではないことに、一緒に映画を見ている親はすぐに気付くはずです。

そして、この毒のあるエピソードにフックされた小さい子どもを持つ親たちは、この映画が、子どもだけでなく、自分たちに向けた作品であると受けとめざるを得ません。秀逸な冒頭だと思います。

この映画では、メッセージ性が誤解されないようにという配慮からか、ダメ押しの構成が取られています。

ダメ押しのひとつめはライフハック(ガイド本)の否定です。

エメットが「スパボン」を見つけるシーンは、ガイド本が風に飛ばされたためにエメットが仲間からはぐれて穴に落ちて見つけるという描写がなされます。

この描写は、エメットが仲間よりもガイド本を大切にしていることと、偶然にせよ仲間と同じ行動を取らないことで大切な物(スパボン)を見つけることができたことを表しています。

穴の中には、先に主体的にスパボンを探していたワイルドガールがいたために、エメットは彼女によって予言の「選ばれし者」と認定されます。

このシーンは、ガイド本に完璧な人生を送っていてもパートナーがいなかったエメットが、ガイド本を無くすことによりパートナーに出会えたことと、自己の評価は他人が行うものだということを表しています。

そして、スパボンを見つけたことでエメットは敵に捕らえられてしまうのですが、自分がいないことで仲間たちは大騒ぎになっているだろうというエメットの想定に反して、仲間はエメットのことを覚えていません。
エメットは普通の奴だが、俺たちが普通なのとは違って特徴がないから思い出せないのだというのです。

エメットの行動は、全てがガイド本のとおり、つまり一般論として推奨されることをしているだけなので、個がないのです。内発的な行動が何一つない者は存在していないのと同じだということが明確に示されます。

ライフハック的な規範は、他者と良き関係を取り結ぶ指南なわけですが、それに完璧に従うことで、他人はライフハックに従った者を見失うのです。

この逆説を、子ども向けの映画でガチッと提示してしまうのは凄いと思います。

しかもこの映画では、ライフハックを否定しても、マニュアルに従う人間は否定していないんですね。


■マニュアルの再定義

シーン的にはちょっと後の話になるのですが、エメットは、ガイド本を捨てて自分の頭で何をすべきかの最適解を考えるようになることで、マスタービルダーと呼ばれるレゴブロックを自在に組み合わせて何でも作ることのできる、ワイルドガールやレゴ・バットマンたちヒーローのリーダーになります。

この時のエメットの武器となるのがプラン(設計マニュアル、劇中でインストラクションとも言い換えられる)に従うことなのです。

エメットは、敵に追い込まれたマスタービルダーたちにインストラクション(マニュアル)に従うことを説いてひとつにします。
そのときの台詞は、「君たちは皆んな才能に恵まれ創造力がある。だけど、チームでは働けない。僕はただの作業員に過ぎないけど、設計図があって共同作業すれば高層ビルだって造ることができる。君たちはマスタービルダーだけど、僕らのようにすることで何が起こるか想像してみて。世界を救うことが可能になるんだ。」というものです。

エメットはマニュアルを、行動の規定や規範として見るのではなく、異なる才能や個性を持った仲間と協働するためのプロジェクト設計図として再発見したのです。

考えて見れば、レゴは、まっさらなブロックを自在に組み合わせて何でも造ることができる魅力を持っていますが、もともとは設計書にそって組み上げれば、誰にでも素晴らしいものが構築できる商品として売られているものです。

映画を見ていて、このシーンはスポンサー(LEGO(R))に寄せてきたなと思わなかったわけではありませんが、マニュアルを自己目的のために利用するものから仲間との共通目的のために利用するものに再定義したことにより、マニュアル的なもののうちライフハックのみが否定されるという結果になりました。

ここまでが、ダメ押しの一つめです。


■ポジティブシンキングの否定

ダメ押しのふたつめは、ポジティブシンキングの否定です。

『全ては最高!!!』という曲は大変に素晴らしいのですが、映画は商業作品である以上、ヒットのために劇中歌は素晴らしいものでなければならないという宿命を背負っています。

皮肉なだけの歌では大ヒットは望めません。基本的には、風刺精神に富んだ奴隷根性肯定歌である『全ては最高!!!』も、歌詞には肯定すべき内容が含まれています。
先に否定的に引用した歌詞もダブルミーニングであって、皮肉に取らなければ、辛いときの人生応援歌になっています。

僕たちの絆がしっかりとしたものなら全てはうまくいく。
君と僕とが助け合えば永遠に勝ち続けるのさ。
Everything is better when we stick together
Side by side you and I are gonna win forever

この多義的な解釈を可能にするあたり、憎いつくりです。ストーリー上も、エメットだけではなく、個性的な一般人(モブ)である作業場の仲間もこの歌が大好きなことになっていて、ダブルミーニングを印象づけています。


さて、主題歌がダブルミーニングである以上、ダブルミーニングに気がつかない聞き手の存在を許容しなければなりません。『全ては最高!!!』の皮肉に気付かず、人生の応援歌として受けとめてしまう人のために、本作はユニキャットというキャラクターを用意しています。

ユニキャットは、ユニコーンのような角の生えたピンクの仔猫ちゃんキャラで、常に物事をポジティブにとらえようとするのですが、毎回事態の解決につながらず、最後には怒りの形相にキャラ変します。

ポジティブシンキングは、現状から目をそらしているだけであるために、何も解決しないのだというメッセージが、しっかりダメ押しされるのです。

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■アナ雪との共通性

『LEGO(R)ムービー』を実際に見るまで、まさか、ライフハックとポジティブシンキングを否定するメッセージが含まれている映画だとは夢にも思いませんでした。

この映画は、2014年の公開作品ですが、同年に公開された大ヒット作品に『アナと雪の女王』があります。アナ雪が、アメリカの二大成功法則である自己解放と自己啓発を否定していることは以前に書きました。↓

同じ年に、同じ子ども向けに、ライフハックとポジティブシンキングを否定する映画が公開されていたとは、気付くのが遅すぎました。

これで確信しました。ハリウッドの知性は、子どもからアメリカを変えて行こうとしています。そのために必要なのが、それまでの成功法則を捨てることなのです。

メンタリストが自滅し、オンラインサロンのうさんくささが話題になり始めた昨今の日本は、ようやくアメリカと同じスタートラインに立ちはじめたのかもしれません。

ただし、日本がマインドを変えて行くべきは、子どもたち以上にオジサンたちなんだろうなとは思います。

変えるべきオジサンのマインドについては以前にひとつ記事を書いたのですが、レゴムービーに触発されて「全てに感謝を続けているのになぜか人が遠ざかっていくポジティブおじさんの悲劇」(仮題)を機会があったら書いてみたいと思います。



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