朝比奈隆述、東条碩夫編『朝比奈隆 ベートーヴェンの交響曲を語る』(中公文庫)


1988年12月から1989年5月にかけて朝比奈隆は新日本フィルハーモニー交響楽団を指揮してベートーヴェンの交響曲全曲演奏会(全5回)を行った。公演は好評で長年「関西のブルックナー指揮者」と見なされてきた朝比奈隆の東京での人気が上昇する契機となり、ライヴ録音がCD化された(フォンテック;2021年5月現在廃盤)。

本書は全ての演奏会とそのリハーサルに立ち会った音楽評論家の東条碩夫が各演奏会の翌朝、ホテルオークラに滞在する朝比奈隆のもとを訪ね、前日の演奏と次回取り上げる作品について見解を問うたインタビューから編まれた(1991年1月に音楽之友社から刊行、2020年12月中公文庫で文庫化再刊)。

音楽家はどちらかといえば喋るのが苦手なひとが多い。言語ではなく音楽(演奏)による自己表現を生業としているのだから当然といえば当然だが、特に日本人音楽家のインタビュー記事や映像は当人の語彙の乏しさと聞き手の技量不足が相まって浅薄で退屈なものが殆ど。

しかし朝比奈隆はいわば例外で旧制高校から京都帝国大学という戦前のエリートコースを歩んだこともあって言葉の引き出しは豊富、きっかけを与えれば問わず語りにどんどん話すひとだった。

この本でも朝比奈隆はスコアやメモを携えた聞き手の質問に対して豪快、辛辣、きめ細かい口調を使い分けながら淀みなく答える。各作品の要所についてはもちろん、過去の演奏の反省、往年の名指揮者の解釈を巡る見解、しばしば脱線してドイツのオーケストラのエピソードや日本のオーケストラへの激励苦言など縦横無尽。読み手は頷いたり、時には反論したくなったり、クスッとなったりで何度でも楽しめる。スコアに通じているひとなら一層深掘り出来るだろう。

※文中敬称略

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