F1世界選手権パーソナル・セレクション【中嶋悟70歳を言祝ぐ(番外編)】


大魚を逃した5レース

25年ほど前、偶然見たテレビ番組で「アントニオ猪木《負け試合》ベスト10」なるものをやっていた。
ちょうどプロレスラーとしての引退試合が間近で、そこに合わせた異色企画。
大槻ケンヂなどが出ていたと思う。
アントニオ猪木、プロレスのどちらにもあまり興味のない筆者だが、「負け試合」に選手の魅力が出るという切り口は強く印象に残った。

後にぼちぼちものを書くようになってからは、いつかこの方向性で書けたらと考えたが、揶揄とならずにやれるネタはなかなか見つからない。
しかし、前回日本人初のF1フル参戦ドライバー中嶋悟の70歳の記事をアップしてふと、これはいけるかもと思いたち、今回余録として「惜しかった5レース」をご紹介することにした。
いずれも中嶋悟の「戦う姿勢」が前に出たレースだ。

1988年第4戦メキシコグランプリ(5月29日)

F1参戦2年目、通算20戦目にして予選6位の好位置を獲得。
予選2日目終盤までNo.1ドライバーのネルソン・ピケより良い順位だった。
中嶋はスタートが苦手と言われたが、このレース見事に決めて一時4位まで浮上、その後も入賞圏内をキープするが、突然のエンジントラブルで白煙が上がりリタイア。
実はロータス100Tのシャシー剛性不足のため、路面の凹凸によりエンジンマウントを介して振動がエンジンまで伝わり、トラブルを誘発していた。
またロータスは約500万ドルと噂されたピケの高い年俸のあおりで財政状態が悪化、そのため不純物の混じった安価な燃料・オイルを使ったこともトラブルの出やすい一因でピケもレース終盤に中嶋同様のトラブルでリタイア。
連戦連勝のマクラーレン・ホンダとのあまりの差にレース後、海外でホンダがロータスの競争力や体制に疑問を抱き、勝てる見込みないから劣るエンジンを供給している、なんて報道まで出た。
もちろんこの件はチーム、ホンダ双方とも否定したが、ホンダは翌年からのレギュレーション変更への対応を踏まえ、マクラーレンに絞るとこの時期に通告している。

1988年第7戦フランスグランプリ(7月3日)

過去のパーソナルセレクションにも登場したグランプリの歴史に残るプロストとセナの名勝負。
中嶋はピケと同列の予選8位。スタートでやや遅れたものの着実に順位を戻す。
タイヤ交換もそつなく済み、入賞圏目前だったが、何とシートを固定する金具が壊れるというありえない事態が発生。
ドライヴィングポジションが不安定に陥り、6位のマシンを追いきれず7位に終わった。

1988年第11戦ベルギーグランプリ(8月28日)

ついにNo.1ドライバーのピケに予選で先んじる(8番グリッド)。
しかもスタート直後のケメルストレートでのバトルを制し、きっちり6位以内を走行。追い上げてきたピケを数周抑える奮闘まで見せた。
ところが、レース中盤に1番シリンダーで異常燃焼が発生してリタイア。
ピケにパスされる直前にギアが抜けかけてオーバーレブさせた影響と考えられたが、悔しい結末だった。

1988年第15戦日本グランプリ(10月30日)

このレースについては過去の記事を御参照ください。

1989年第9戦西ドイツグランプリ(7月30日)

シャシーの問題やチーム内での扱いからアロウズへ移籍を考えた中嶋だが、スポンサーの関係で話が流れ、ロータスと3年目の契約を結んだ。
しかし、エンジンのレギュレーションが3.5リッターNA1本になった89年、前述の通りロータスはホンダエンジンを失い、代わって積んだジャッドV8は競争力、信頼性ともにいまひとつ。
本来はティックフォードを通じてスペシャルエンジンが供給されるはずが、ロータスの財政難などで結局カスタマースペックのCVになった。
しかも、ロータス101は見ての通りノーズはやたらと細く、後ろ半分はV8なのに意外とボリュームのあるチグハグなデザイン。
ストレートスピードが伸びず、かといってグリップもそうでもない。ピケ、中嶋ともに苦戦した。それでも両ドライバーのセッティング、開発能力で中盤からやや調子は上向き、迎えたホッケンハイム。
得意の高速コースで中嶋のキレた走りが冴える。
後方集団から前のマシンを次々とパス。
タイヤ交換のタイミングも決まって、7位まで上がるが、シケインで6位のマシンと交錯した結果、挙動を乱してスピン、リタイア。
入賞のチャンスを逃した。
中嶋本人も2022年12月刊行の『いつかはF1 私の履歴書』(日本経済新聞出版社)で今なおもったいないと惜しむレースと回想している。

今回挙げた5レースは中嶋が入賞に迫りながら届かなかったが、いずれも強豪たちと堂々と渡り合ったアグレッシブな内容。
無念の戦いの内側に中嶋のレーサーとしての本質がにじみ、折に触れて見たくなる。

※文中敬称略

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