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いつのまにか、変わっていってしまうのね

朝4時に起きて九州は熊本への日帰り出張から先程帰宅。

家につく前に近所のスーパーに寄ったら、なんとセルフレジになっていて混乱した。ん?え?昨日もわたしスーパーに寄らなかったっけか?そのときはこんなじゃなかったのにいつのまに??え?今日から?てかなんで金曜から???明日からの土日はレジかえって大混乱なんじゃ、、、and so on
たった一日で浦島気分である。もしかしてもっと月日たってた?みたいな。

セルフといっても、一部コンビニのような完全セルフではない。品物のバーコードを読み取ってお買上金額を計算してもらうのは、レジ担当のなのだけれど、その後ATMみたいなタッチパネルの機械のとこに買ったものが入ったカゴごと移動して、支払いは自分で、というパターン。厳密にはセミセルフ、的な?

わたしが行ったのはつい先程、もう遅い時間だったのでレジもすいていたけれど、それでもガラガラという訳ではなかった。いきなりシステムが変わったのでちょっとオロオロしたのと、出張帰りで荷物が多かったのでお支払いをしようとするのにちょっともたもたしてしまい、会計を済ませた人が待っているのではないかとちょっと焦ってしまった。

うーんこれって、なんで急に変わったのかな。

コロナ禍での人員削減なのだろうか。これまですべて有人で多いときは一度に6人でレジ対応をしていたと思う。それが、私の行った時間は2、3人になっていた。いつもいるあのレジのお姉様方は人員削減されてしまったのだろうか。その店のお姉様方のレジスキルはとても高く、さらには感じがよい人が多かったので、なんだか急に切なさが襲ってくる。

実は、ほんとに今の仕事が嫌になったりどうにもこうにも生活がたちゆかなかくなったりしたら、この近所のお店でレジ打ちするのもありだな、皆さんにあれこれ教わって働くのも悪くはないかもしれないな、などとここ数か月漠然と考えていた(こういう思考は炎上のもとかもしれないけれど、、、でも正直にそう思っていたのだ)けれど、もしかしたらそれはもうかなわないかもしれないのだ。機械に取って代わられる、というのはこういうことなのか。

実は、このスーパーが導入を始める数か月前から、近くの八百屋さんも同じようなレジシステムを導入していたのだった。そこでもときどきお買い物をするのだけれど、お年寄りの方などとても使いにくそうにしていて、べつにレジの混雑が減った感じはしていなかった。待っている人がいるときに、少しでもはやく会計を済ませようと頑張っても、それはそれで機械のある一定のテンポで反応してくるのでなんともいえない間が気持ち悪く、せっかく急いだ自分が無駄な間を作っているだけになる、なんていう感覚をそういえば味わっていた。

それと同じレジシステムを導入したスーパー、いったいどうなるんだろう。

少しでも対面の会話を避けるとか、そういうこともあるのかもしれないけれど、タッチパネルを絶対に触らないといけないというのも、自分としてはなんとなくいい気持ちはしない。せっかくキャッシュレスだとしても、いわゆるPay系なのか、交通系なのか、クレカなのか、直接タッチして選択しないとならないし、その区分も最初のうちはパッと見ただけではわかりにくいのだ。(それをこれまではレジの方が判別して対応してくれていた訳だけれども)

まぁ、文句を言ったり懐疑的になったりしていても変わってしまったものはそれに応じてゆくしかないのだけれど、、、


最近そんなふうに、気づかないうちに世の中が自分の思惑とは微妙にズレた方向に変わってゆくのを体感することが増えた気がする。それはつまり年齢的なこともあるのだろうか。そうは思いたくないけれど。でもレジ袋についての変化はどうしたっていまだに慣れない、というかほんとに愚策だと思ってしまう。このセルフレジへの移行も、郊外の広くてスペースがあるスーパーとかならまだともかく、ウチの近所ではやばやと始めなくてもよかったのではないかな、と思ってしまうわたしはやはり古い人間なのだろうか。

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