見出し画像

29年間、恋することを知らずに生きてきた女の結婚観について云々

十の位が1つ上がろうかという今日この頃。当然否が応にも…いや、とても否なんだけどさ、結構わりと真面目な恋愛や結婚観の話が出てきてしまう。
あぁ、面倒くさい。

別に人の惚気話やすったもんだの愚痴を聞くことは一向に構わない。問題は自分自身の話だ。

私は29年間、誰かに恋をしたことがない。


「まじでさ、女性が好きだったりする?」
凄くよく聞かれる。これはわりとゴメンって感じなのだけれど、自分のキャラ的なポジショニングとして少し意図的に誇張して生きてきてしまった部分が大きい。確かにアニメや漫画などの創作では9割5分女性キャラの方が好きだけれど。現実だって女の子の友達の方がずっと大切なのだけれど。それは愛情には繋がらないものだという感覚はある。

「恋愛感情が無いの?」
あ〜、この手の問いは手痛い。確かに今までは無かった。いわゆるマイノリティーって、男女がどう…というのだけじゃなくて、「性欲が無い」とか「性欲はあるけど恋心を抱けない」だとか。結構色々な種類があるというじゃないか。正直、自分もそれかなあ…と悩んだことはある、というか今だって絶賛ちょっと悩んではいる。

でも、今まで無かったからってこれからもずっと無い、と言い切れるものなのかは分からない。先天的に…生まれたときから自分の感情システムに組み込まれて、あるいは組み込まれなくてそういうものなのか。後天的、環境によってそうなったものなのか。それだって分からないよ。


少しだけ、人生を振り返ってみようか。

恋愛脳が最もバグっているであろう青春の学生時代。
今考えると、どうしたって勿体ない生き方をしてきたかなと思う。でも無理だなあ、何回やり直したところで、私は大きく違う生き方はできなかった。

彼氏なんかよりも、友達が欲しかった、ずっと。


皆いつから、どうやって自分の世界を家族から広げられるのだろう。私には無理、できなかった。平和な自分の世界をあえて壊すようなことなんて、どうしてできようか。

世界をもう少し広く見られるようになった今考えると、別に悲劇のヒロインに相応しいような酷い家族では決してなかったけどね。本当にネジ1本程度のささやかな歪み。"普通"よりも短気で怒りっぽくてヒステリーにきれる沸点が低くてパニックになりやすくて、それとは真逆の性格をしている末っ子…私に対してだけは激甘だった。ただそれだけ。

家族が喧嘩するのが嫌だった。
何気ない一言でピリッと空気が変わるあの絶望感を、いつか忘れることはできるかな。

誰かが怒った時、誰かの視線が一瞬こちらを向く。「アレさっさとなんとかしてきて」って目で言ってることはよく分かる。嫌で嫌で気が付かなかったふりをしたこともあるけれど、そうすると肩をノックされるんだもの。あぁ、うん知ってるよ、私の役割なんでしょう?

介在する確かな愛情を無視して、「私はこの人たちにとって都合の良い道具だから。役目を全うしないと必要とされなくなる」なんて追い詰めてみたりして。
救いのような、呪いのような。

見ざる聞かざるが、羨ましい。逃げられない。家族が家族を罵倒する言葉を、耳元で受け止めに行かなくちゃいけない。それを聴きながら、私だけはちゃんと笑っていないと。

「人間失格」の主人公のことさえも、羨ましいと思っていた。
あんな風にちゃんと壊れられたら、いっそ楽なんじゃないか。とかさ。
早く、早く、心が壊れて、必要な時に必要な分だけ笑えますように。
何千、何万回願ったか。

それでも、私は家族のことが好きだった。
好きだったんよ、
家族愛。
もうそれで、いいじゃないか、十分だよ。

放課後、友達と遊ぶのを断るようになった。
部活を辞めた。
学校生活は、きっともっと上手くやる方法はあったのに。全部家族のせいにして、最初から諦めた。


とはいえ学校で友達はいたのだけれど。
3人組の3番目。5人組の5番目。
親友ズッ友☆と当時は言える「たった1人」と指名できるような相手がいた期間でさえも、なんとなく選ばれないことを選んでいた気がする。

不登校になるような子の、最後の砦になることが多かった。両方から名前を呼ばれて「さあどっちの手を取る?」なんて言われること、ある?イメージの世界じゃなく、マジであった。

ごめん、ごめん、家のことも含めて私は自分でいっぱいいっぱいだったからさ。また、言い訳。
嫌われてる子をわざわざ救うほど、私のカーストに余裕はないのだ。罪悪感。

一人になることに怯えずに友達と友達できる人たちが羨ましかった。枠の線ギリギリに、バレないようにソっと居させてもらう。気が付かれないから別にはじかれることもなくて。多分正しくないけど失敗しない生き方に縋って、なんとか生き延びてきた。

そんなこんなで、彼氏なんかよりも友達が欲しい学生時代だった…寂しいーーー!


逃げるように、というか本当に「逃げて」って言われて、ひとり暮らしを始めた。

最初は、突然手にした自由に寧ろ自分の空っぽさを気付かされてショックだった。それでもスイーツの存在に救われて、ちゃんと自分の感情で多分笑えるようになって。もう大丈夫と思えた。

大学生の頃はそれこそ、そういう普通の人間らしさを取り戻すことに必死だったけれど、社会人になってそれなりの社交性的なものもそこそこ身に付けられたと思う。

そんな中で、良い雰囲気になった異性とどうこうなるかと言えば、ならない。そういう気配があると、LINEをブロックしてしまう。今の時代、それだけで縁が切れる人が多すぎる。そもそもその程度で切れるくらいの縁だからね、絶対に上手くいかなかっただろうけど。

やっぱり常に、家族のことが頭にあった。
彼氏か家族か、どちらかを選ぶ場面になった時、私は絶対に家族を選ぶだろうなという確信がある。
幼少期からの刷り込みって怖い…。
「選ぶ」ってそんな命の駆け引きとかそういうレベルの話じゃなくて、例えば誕生日に誰と過ごすか、とかさ。

大人になるにつれて、金銭面のことも考えるようになった。私は自分の本来の稼ぎに対しては、わりかしお金はある方だ。特に親が亡くなった後には、それなりに入ってくる。

それを単純に共通財産にしたくないというのは、ケチだと言われる?でも常々、「自分の遺したお金は、旦那や子供がいたとしても、やっぱりあなたが自分の為に使って欲しい」と言われている身としては、叶えてあげたいんよなあ。とはいえ、それを良しとしてくれる逸材ってなかなかいないよ。
お金は色々なトラブルを生み出すから…もしも最初は「全然気にしないよ」と言ってくれる神でも、やっぱり真っ向からは信じられない。


それと、あーーー、これは飲みの席とかでも誰かにちゃんと話したことはないのだけれど。さすがに変な空気になるの嫌だもの。
性被害に、遭ったことがある。

本当は、絶対。
あの時に、ちゃんともっと傷付けばよかった。抵抗とかさ、力弱いから無理だったかもしれないけど、そういうのを頑張ってみるべきだったんだ。

それなのに、私は明確に言葉を脳に思い浮かべた。
「あぁ、別にどうでもいいや」って。ただただ、されるがままに、許した。

ゾッとした。
その男にじゃない。いや、まあそれは普通に気持ち悪いなとは思うけど。

私が蔑ろにしてきた心は、でも枯れた訳じゃなくて。ちゃんともう大丈夫だって。治ったって。
思ってたんだけど、なーーー。

壊れたものって、たとえ直せたとしたって、壊れる前と同じには戻らないんよ。

ねえ、世界の色ってどんな風に見えていますか?
ショックなことがあると「色が分からない、全てが灰色だ」なんて言うけどさ、あれってストレス過多による色覚障害的な感じなのかな。

私はそんな風には見えなかった。暗澹たる混沌。なんだろうねえ、もう少し、暗くて歪で汚い。僅かに、だけどね。それこそ多分、恋をしたら世界がキラキラして見えるってくらいの。確かだけど、不確定な、大きな少し。

自分だけの好きができて、視界は徐々にクリアになって、綺麗なものに心を揺らめかせるようになって。そこに翳りが刺した。

壊死した部分には目を耳を塞いで、自分が生かせる、生きれる世界に縋る。この光が少しづつでも私の中で広がりますように。


だからね、そう、恋愛とか、結婚の話。
別に、積極的に断固拒否反応を示しているわけではないし、多様性がどうこうとまた違う気がしている。
でも他に、もっと大事にして守りたいものがある。

なんて、、、

ま、「結局のところモテない言い訳だろ」と言われたら、うんソウダネまあその通りですとも。
こんなこと毎日考えてたり書いたりする痛女、モテないですぅ〜。

私はやっぱり大庭葉蔵にはなれなかったから。
恥の多い生涯を送ってないので。だから特に本気で墓場まで隠しておきたいようなことは…少し、多少…程々に…くらいしかない。


というわけで、はい。
恋も愛も知らん29歳ですが、ハートの美味しい可愛くて大大大好き!!!
こういうことには、心がちゃ〜んと感動感激感嘆してくれる。
なんだかんだ、
我ながら結構ちょろいのかもしれない。
でもマジで可愛くない!?!?
可愛いです、私はそう思う。

この記事が参加している募集

#コンテンツ会議

30,767件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?