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[小説]ゴッホのように散るだけだ④ー窓越しの豚肉屋・1ー

ゴッホのように散るだけだ 第一話はこちら


あかん。キャベツもまだ高い。野菜は1本130円のダイコンでええか・・・。

 どこ行っても不景気やいうからしゃーないけど、学校で何時間も絵描いたあと、疲れた帰りにスーパーに寄るんはほんまにしんどい。なんでうちばっかりこんな事せなあかんねん。ほんまこんな時はお母ちゃんおったらなあって思う。

 流行りの曲が全部安いトーンに変わる店のBGMを聞きながら、200円引きのシールが貼られた豚肉の1キロパックをつかむ。こんなチャカチャカした曲流すんやったらミズナクション流せよなあ。今日は長いこと学校に残っとったから充電切れたんがイタい。買い物くらい気持ちよくさせろっちゅーねん・・・。

 スーパーの曲、不景気、家族。イライラしとる間はもうすぐ死ななあかんって事をちょっと忘れられるんはええんかも知らんけど。
 

 うちは親に捨てられた。
カネのために命を売られた。


うちの家はお母ちゃんもおらんし、貧乏やのに兄弟が多い。それはしゃーないけど、好きでもない絵がうまいだけで死ななあかんっていうのは腹が立つ。
死んでから有名になったって、別にミズナクションに会えるわけやない。どんだけカネがあってもうちが使えるわけやない。うちが有名になったからって、誰かが幸せになるわけやない。いい事なんて何ひとつあらへんのや・・・。

 記憶に少しだけ残っとる、お母ちゃんの事を思い出す。ちょっと太めでぽっちゃりした体で、やさしく抱っこしてくれた記憶。

 大事な人より先に死んだら、残されたもんがつらいだけや。
 どんだけ有名になったって、死んだらそこで終わりや。
どんだけカネがあったって、死んだ人は戻ってけえへん。
 有名になるよりカネよりも、もっと大事なもんがあるやろ・・・。

 気づいたら、スーパーのカゴを持ったまま固まっとった。まわりのおばちゃんたちが迷惑そうにうちのことを避けながら、うちの前にある半額のシールが貼られた刺身のパックをつかんでいく。

あかん、またいらん事考えてた。はよ帰ってみんなのごはん作らんと。うちの味方はいっつもうちの気分をあげてくれるミズナクションだけやわ。あーあ。はよバンド復活せえへんかなあ・・・。
 


「ただいまー。」
「おかえりー。」
「おかえりーっ。」

鉄でできた斜め階段がある古臭いアパート。その玄関を開けたら、兄弟ののんきな返事が聞こえてきた。三歳下のユカが玄関にきて重たいスーパーの袋を持ってくれる。

「おかえりアス姉。洗濯物は干しといたで。」
「ありがとさん。ほなごはん作ろか。」
「はーい。今日はダイコンかぁ。」

帰ったらすぐにごはんのしたく。さっき買ってきたダイコンとたまごかけごはんだけのしょぼいメニュー。五人兄弟でうちとユカ以外はみんな小学校の低学年と幼稚園。蒸発したお父ちゃん・・・アイツを抜いたら家族は五人。食卓はしょぼいけど、みんなでごはんを囲んどったらちょっとは気が紛れる。

「カネは入っとった?」
 お茶碗にごはんをよそりながらユカに聞いた。
「うん・・・。今月も、たぶんなんとかやりくりできそう。」

うちらの生活費は、アイツから振り込まれるわずかなお金。生活保護の金か今までの貯金か知らんけど、うちら兄弟が1カ月暮らせるかどうか、ギリギリの金が毎月振り込まれる。

 金額は毎月同じ。アイツが蒸発したすぐの頃はなんとかなっとったけど、うちらの事を考えてないんかホンマにギリギリなんか、振り込まれるのは3年間ずっと同じ金額。成長して食べざかりになった兄弟をまかなうのはだんだん辛くなってきた。

ただ、それもうちが死ぬまでの辛抱やから、ってアイツは予測しとるんやろけどな。

 ほんまアイツはあかん。リストラがヤバいっていうんは聞いてたけど、それでも最初はうちらのためにガマンして働いとったらしい。けど、お母ちゃんが事故で死んで保険金が入ってからはちょっと頭がおかしくなったんか、毎日遊び倒すようになった。ほんですぐに金もなくなってきて。

そんな時にアイツが見つけてきたんがヴィンセント校。うちが入学金も授業料もぜんぶタダの高校に受かって、ほんで卒業したらめちゃくちゃカネが手に入るってわかったとたんに蒸発してもうた。皮算用しとんのか知らんけど、こうなったらうちも兄弟たちの生活費のために卒業せんわけにはいかへんようになってもうた。

アイツはもう、みんなの面倒も何も見てくれへん。子供をなんやと思てんねん。うちをなんやと思てんねん。ほんまええかげんにせえや・・・。
「アス姉?」

「あ、ごめん考え事しとったわ。ごはん片付けたらフロ入って寝るで。」
「うん・・・。」
しょんぼりしたユカの顔。
「なんや。どないしたん?」
「やっぱり、アス姉は卒業せなあかんの?」
「・・・・・・。」
 うちの家で、うちが卒業したら死ぬことを知ってるんはアイツとユカだけ。ユカはいまだに反対してくれとるけど、これだけはどうにもならんから辛い。
「・・・当たり前やろ。学校に一回入学したら、そのあとは卒業や。」
「だって、卒業してもうたら・・・」
「うるさい!はよごはん片づけえ!」
「・・・うぇーん」
大声で叫んだからこうきたちが泣いてもうた。ユカは合わせてた目をそらし、こうきに話かけながら茶わんを片づける。

イライラしてもうたから今日は布団に入ってはよ寝よう。フロは明日の朝や。
ユカの気使ってくるとこはキライや。なんも分かってへん。うちは卒業せなあかんねん。カネを稼がなあかんねん。
あんたらのために、好きでもない絵を描いて・・・。


第五話へつづく

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