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[小説]ゴッホのように散るだけだ①ーエピローグ/日没の村・1ー

エピローグ


第37回国際絵画賞。
2021年世界美術大会。
アートアワード国際美術賞。

それらの入賞者の中に、あたしの名前はどこにもない。
毎日毎日、描いても描いても有名になんてなれない。

自分の命と引き換えに名誉を得た明日香や寛たちの功績には、
いまだ足もとにも及ばない。

描いて描いて描き続ける。その生活をもう50年以上続けているのに。

「あのとき死んでいれば。」

何度も何度も、何度も思った。
きっとこれからも後悔しつづけるのだろう。
私が死ぬか、有名になれるまで。



日没の村

先輩たちの卒業作品が並ぶ資料館。
あたしはこの場所にくるのが好きだ。

美術館や展覧会に行く時は、足を止めるほど時間をかけて見たい絵なんて1部屋に一枚あればいいほうだと思う。でもここにある作品は、一枚一枚から目に見えないチカラのようなものを感じる。

大胆で単純な色遣いをしているかと思ったら、その後ろに見え隠れする繊細な筆のタッチ。すぐそばにあって触れられそうなくらいに正確で丁寧で、モノの重さや匂いまで感じられそうな描写力。そして、どうやったら絵の具でこんな色がだせるのか不思議なくらいの鮮やかさ。この世で人が認識できる色は数千? 数万? くらいあるって聞いたことがあるけど、お店で売られている絵の具なんて、そのうちのほんの一部でしかない。それでもこれだけの色を自分の思い通りに表現できるって、自分が絵を描きはじめるようになってから本当にすごいと思うようになった。

その中でも卒業作品に惹かれる一番の理由は、目の前の絵から声が聞こえてきそうな恐怖を感じるから。昔聞いた童謡に「大好きな絵の中にとじこめられた」っていうのがあったけれど、小さい頃のあたしは明るいテンポで流れるその言葉がすごく怖かった事を思い出す。

そして、目の前のこの絵にも、何かがとじこめられているような気がする。
これを描いた先輩たちが生きている間に考えた、思いの固まりのようなものが。

 絵を見ながら考えるのは、いつも同じこと。
一体どれだけの願いを、この一枚に託したの?


「もー! めっちゃ探したんやけど!」
館内に響き渡る声にびっくりしてふり返ると、イライラしてる明日香の顔がすぐそばにあった。しまった、今日は一緒に絵の具を買いに行くんだったっけ・・・。

「ごめーん。でも明日香、ちょっと声でかすぎ。またミズナクション聞いてたんでしょ。」
「バレた? しゃーないやん好きなんやから。でもやっぱりイクミはココにおってんな。スマホ通じへんからすぐわかったわ。」
イヤホンをゆっくり外した明日香はニヤリとしながら早口で一気にまくしたてる。
「ここって変にセキュリティ厳しいもんね。スマホは電源オフで撮影も禁止って、校長室以上に制限キツくない?」
「まーここにあるんが全部国宝なんやからそれはしゃーないねんけどな・・・。っていうか、イクミはほんまこの場所にくるの好きやなあ。うちは絵に興味ないから正直ようわからんわ。」
 あたしが見ていた絵を一瞥する明日香の顔は本当に興味がなさそうだ。美術専門の高校で言っちゃダメなセリフを堂々と口にするメンタルはすごい。でも明日香だって相当魅力的な絵を描くのに、絵があんまり好きじゃないなんてもったいないな。
「まあ、来年の今頃にはうちらの絵もここにあるんやろうけど。」
「・・・・・・。」
「・・・はよ行かんと画材屋も閉まるし、そろそろ行こか。」
「うん・・・」


 来年の今頃、あたしたちの描いた絵もここに並ぶ。卒業生の作品それぞれが国宝になって、あたしたちはみんな有名になって、たくさんのお金が振り込まれて。
この世でも数少ない成功者だけが貰えるものを、あたしたちはあと数カ月で手にいれる。

 でもその頃、あたしたちはみんなこの世にいない。

 あたしは振り返って、もう一度先輩たちの絵に問いかける。
どれだけの願いをこの一枚に託したの?
 死にたくないって、一度も思わなかったの?
有名になれるなら、18歳で死んでも幸せ・・・?


第二話へ続く

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