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[小説]ゴッホのように散るだけだ②ー日没の村・2ー

ゴッホのように散るだけだ 第一話はこちら


少子化問題に加え、若年層の深刻な非正規雇用率と平均賃金の低下が進む日本。そこで設けられたのが“芸術分野を目指す若者への国家的な進路指導”である。

国内に美術を専門とする高校・大学は多数存在するが、毎年数万人にのぼる卒業生のうち、プロとして世界に通じる作家に化ける確率は数%にすぎない。夢を追いたくても、先進の諸外国より芸術分野での評価や価値観が認められにくい日本では、作家として成功することは大変稀なことである。

 美術という特殊ジャンルの道を選ぶ生徒は得てして一般教養の修得率が低い上に、現在はただでさえ厳しい就職難の時代。美術学校の卒業生は他の一般的な普通科の生徒と比較するとはるかに就職状況は厳しく、フリーターとなるのが常である。

親元を離れられない美術学校の卒業生たちは、そこから抜け出したくても学歴の浅さのほか、“個の表現”を得意とする芸術的精神は国内の「一般的・常識的な」行動・指針に合わせることが困難であり、コミュニケーション力の乏しさはさらに本人の社会不適合率を高める結果となる。

そして作家を目指し芸術学校を卒業したにもかかわらず、そのうち9割以上の人間は特に夢を叶えて歴史に名を残すこともなく、社会的利益をあまりもたらさない存在として忘れ去られる傾向にあった。


そのうちに日本の未来を憂う多くの政治家から、“美術学校、ひいては芸術という分野は今の日本にとって本当に必要なものなのか”“フリーターを生みだす美術専門の学校は排除すべきでは”という意見が集められ、一時は美術校の全てを廃校にする施策案まで出た政府。

結論として、まずは産業デザインや広告デザインなど商品を売るための媒体として存在するデザインの分野、工芸製品を生み出す染色・陶芸・木工などの分野に関しては働き口が僅かではあるが存在するため、それらを学ばせる場としての専門学校の存在は認められた。

また、美術を教える教職員もしくは美術館で展示・管理をおこなう学芸員に関しても今までのような美術大学の卒業生から優先して就職できるという優遇ははずされ、実技を学ばずとも教養さえあれば就職できるという制定がなされた。

最終的に残された、絵画、版画、彫刻など、いわゆる“美術・芸術”の分野。
非就職率の高さなど、卒業後の進路に一番問題があるとされたこの分野においては、結果として専門で教える美術学校としての存在は国からあっけなく抹消された。
しかし、ただ学校の数を減らすだけでは“芸術分野よりも景気対策を優先し、学びの機会を与えない日本政府”という印象が海外に広まってしまう。


そこで生み出されたのが国内にただ1つ、その存在を許された美術校。
“本気で”有名になりたい生徒だけが入学を許される、『ヴィンセント美術高校』である。

ヴィンセント校に入学できるのは国内でトップクラスの芸術作品を描ける生徒のみ。高校という名称ながら授業時間はすべて制作活動に使われ、学業は一切教えることはないという一般的な専門学校の要素を持つ美術学校である。

そのほかに、今までの美術校と異なるヴィンセント校の特徴は二つ。

その一。卒業作品は全て国宝となり、生徒には多額の報奨金と名誉が支払われること。

その二。三年間の学びを全て制作に捧げ無事に卒業した生徒は、その栄誉と引き換えにこの世からも卒業すること。

それは学校名の由来にもなった芸術家、ヴィンセント=ヴァン=ゴッホが「若くしてこの世を去ったからこそ没後の絵が高く評価されたのでは」という、設立者の偏った憶測のもと決定された最重要事項である。

 この学校の制定には当初「少子化の時代に子どもを減らすとは」と抗議の署名活動など反対派の意見が数多く、日本を超えて世界中をゆるがす大問題となった。

しかし、ここで意外な人物たちから少しずつ賛同の意見も出はじめた。
自ら毎日絵筆を握り格闘し続け、美術の世界の厳しさを目の当たりにしている芸術家・作家たちである。

「無名の人間として一生を過ごすより、短命でもこの世に名を残すことができる——。」

この考えは努力思考型でありつつも努力が報われない現実につきつけられ、無職として肩身の狭い思いをしてきた大多数の作家たちに受け入れられた。そして「死も芸術の一部である」と異例ともいえる美術学校の存在が世界中に認められたのである。

また、報奨金の恩恵を受ける生徒の親にとっても、僅かな養育期間でサラリーマンの生涯賃金以上の大金を得られるこの制度は願ってもないことであり、かくして生きて芸術家として成功するという僅かな確率よりも「死ぬことで栄誉を得られる」ヴィンセント校は卒業生全員が歴史に名を残す学校となった。

生徒たちが卒業という死のゴールを目指し、毎日毎日絵を描き続ける学校。

 ヴィンセント校の創立から今年で丸十年。
 年を追うごとに、卒業作品は順調に増え続けている。


第三話へ続く

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