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[小説]ゴッホのように散るだけだ③ー日没の村・3ー

ゴッホのように散るだけだ 第一話はこちら


「ちょっとー! 雷人まだ全然片づけ終わってないじゃん。何やってんのよもー。」
学年で一番美形の女子、リカがセミロングの茶髪を揺らし、彼氏の雷人の席でまた何か騒いでいる。
あたしたちの学校には授業中・休み時間・放課後という概念が何もない。学校に登校したあとは絵を描くか描かないか、二つの時間を行き来するだけだ。

リカがくる直前まで筆を走らせていた雷人が笑顔で片づけを始めた。
「悪いなリカ! お前もちょっと手伝ってくれる? 片づけ。」
「最悪ー。 もう早くしてよ!」
「ハハ! まあ二人でやれば2倍速いって。ていうかリカはいつも描くの早えーな。」
「アタシはセンスがみんなと違うからね。最初の構成くらいは悩むけど決まってからは早いのよ。」

他のセンスが違う、とあたしは思う。

リカは周りがヒヤリとするようなことを言っても、その美貌と勢いで誰も口をはさまない。カッコいいけれどあたしの親しい友達には入らないタイプだ。

「でも雷人は今回、特に時間かかってたんじゃない? どしたの? 描きながらエッチな事でも考えてた~?」

「うるせえなあ。まー卒制前の最後の作品だしなー・・・。」

雷人が描いた絵を細かくチェックしながらつぶやく。聞こえてくる声はいつものノリだけど目は真剣だ。雰囲気はすごく軽く見える雷人だけど、手元の絵はやっぱりいつもと同じ繊細なトーン。よくある風景画のように見えるけれど、少し離れて見ても今にも木が風でゆらぎそうなほど筆の細かいタッチが生きている。

「公募に出すの?」
 絵のゆくえが気になったあたしは、思わず声をかけていた。

「おー。一応なー・・・。最後の賭けっていうか。イクミも出すんでしょ?」
声をかけたあたしに、雷人は絵を見るまっすぐな目線をそのまま向けて答えてきた。

「あ、うんあたしも一応・・・」
 どこか余裕のある雷人とちがって、いつまでたっても自分の絵に自信が持てないあたしは本当に一応なんだけど・・・。

「はー? 雷人ってば。最後に描くのは卒業作品でしょお? 」
「いや、だから死ぬまでの最後の賭けっていうかさ。」

「・・・・・・。」
空気が凍りつく。教室中のみんなの手が止まった。

「—————もう雷人ってば。卒業式のあとは一緒に心中しよって約束してるじゃん。あたしたちは死んでも一緒なんだからね!」

 空気を読むのがうまいリカはテンションをあげていつものセリフを吐く。「校内初のカップル心中ならもっと歴史に残る」っていうのが二人の考えらしい。幸せというか、死ぬことを前向きに考えてる部分が心底明るくて、正直ちょっとうらやましい。うらやましいのは付き合う相手がいるっていうこともあるかも知れないけど・・・。

「まあな! とりあえず今回の作品が終わってよかったー。じゃー行こーぜリカ。」
「うん! 今日はゲーセン? カラオケ? 」
「ゲーセン! 貯まってたメダル二千枚、全部使って豪遊しよーぜ」
「やったー♪」
 リカが雷人の腕に抱きついて、作品を提出棚に置いた二人は楽しそうに教室をあとにした。


「・・・やっとやかましいのが出てったわ」
明日香がバッサリ毒舌を吐くと、周りのみんなもホッとしたのかいつもの雰囲気に変わった。

ヴィンセント校には恋愛タブーの校則なんてないけど、どうせ死ぬのに彼や彼女を作ってもしょうがない、絵を描くのに遊んでる時間なんてないって考える人がほとんどだから、二人のように堂々とカップルになる生徒は他にいない。

あたしだって、たぶん今好きな人がいたら絵に集中できなさそうだし・・・。


好きな人。 
あたしはカオル先輩の顔を思い出した。

生まれてからキスもできないまま死んでいくあたし。ちょっとイヤだけど、それでもヴィンセント校に入学した以上、この運命は変えられない。
好きな人ができても、どうせ死んでしまうなら意味が無い。それとも、最後の瞬間を共有して、好きな人と一緒に死ねるのは幸せなことなのかな・・・。


「手え、止まってるで?」
 気がつくと明日香にすぐ横でにらまれていた。

「リカたちのこと考えとったん?」
「う、うん・・・。何かあのふたり、いつも元気でいいなって。」
あたしは空想から抜け出して明日香の話に集中する。

「せやな。あと半年で死ぬっちゅうのにアホみたいに元気やわ。まあ気持ちも分からんでもないけどな・・・。」

「どういうこと?」
「フツーのことがやりたいだけちゃう? フツーの高校のフツーのカップルみたいに。絶対死ななあかんからって暗くなるよりはええんちゃうか? ・・・まあ、うちにはカラ元気に見えるけど。」
「そっか・・・。」

明日香もあたしと同じことを考えてたみたい。
 死ぬことが分かってて、あえて明るく振る舞える雷人とリカ。あたしはいつも色々考えちゃうんだけどな。

「そんな他人のことグズグズ考えとってもしゃーないやん。イクミも公募に出すんやったら集中してはよ描きや。」
 やばい。明日香がちょっとイラッとしてる。
「あ、うん。ありがとう・・・。」

 あたしの斜め前、自分の席にもどった明日香はどすっと腰をおろすとすぐに制作モードにはいった。明日香の背中を視界に入れながら、あたしも新しい絵の具のチューブを開け、止まっていた筆を動かす。
ちらっと明日香のほうを見ると、自信に満ちた力強い色彩が目に入った。明日香こそ公募に出せばいいのに。
 
 卒業まで、あと半年。
明日香は恐くないのかな? 

あたしはリカたちみたいに底抜けに明るい気持ちになんてなれないし、明日香みたいに一歩引いて冷静にもなれない。いつも頭の中でグルグル考えて考えて、全然絵にも集中できない。

雷人とリカは先に帰ったけど、他のみんなはずっと集中して描き続けてるのに。あーあ。また先生にイヤミ言われそう・・・。

黙って絵を描いていても、思考はずっと止まらない。
気を抜いたら、すぐに死ぬことを意識している自分がいる。
来年の今頃、あたしたちはみんな死んでこの世からいなくなるんだ————————。


第四話へ続く


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