【読書感想文】「ビジネスと人生の「見え方」が一変する生命科学的思考」を読んで

私だけに限られないと思うが、日々を生きていて、もっと視野を広く持て、と言われたことのあるひとは多いだろう。

多くのひとは毎日を生きることに精一杯とはいわないまでも結構なエネルギーを使っていて、長期的にどうキャリア形成していくかだったり、どのような人生設計をしていくかだったり等、長い目で物事を考えていく余裕がなかなかないひとも少なくないかもしれない。

本書は生命科学の研究者で、かつゲノム解析等のベンチャー企業を立ち上げ、経営している高橋祥子さんの新しい著作である。

上述の視野の置き方について、著者は、視野は広ければよいというものではなく、大事なことは狭い視野と広い視野を状況に応じて適切に選択できることであると論じる。

例えば、生まれたばかりの子どもは自分ひとりで生きる力はまだないので周囲のひとのことを気にしていたり、長期的に物事を考えたりすることは自身の生存にとって最適ではない。そこでは自分に注意をひきつけるためにある意味では自分勝手な行動が必要で、それは生物として生存するために組み込まれたメカニズムであるとしている。

本書での著者の主張のベースにある考え方は人生や会社などひとの営みは、生物が生存していくために有しているメカニズムを知ることによってよりよく知りうることが出来るというものである。ここでは生命科学に偏り過ぎず、起業家、経営者としての経験なども踏まえて興味深い議論を展開していると感じられる。

最後には科学が一方で人類をよりよい方向に導くものとして、他方で人類を傷つけかねないものとしてそれぞれ性善説と性悪説について語られることになるが、ここで著者は科学者が性善説に立つ限りにおいて科学の発展があり、科学の知識を共有し価値観を変えていくことをもって人類の幸福に貢献できるとしている。

変革を受け入れること、より良い未来を思い描き前に進むこと、それをどのように成し遂げるかを考えることが「思考」であり、人類のひとつの希望である、そして、本能的に生きるのみでなく、生物の原則を踏まえつつ自らの生を意義づけ、行動し、情熱を注ぎ続けるように人類が存在し続けて欲しいと結んでいる。

冷静な頭脳と熱い志を併せて持つことが科学者には必要であると言われる。これまでに見た他のメディアでの著者の語り口は極めて明晰でクールと思わせるものであったが、本書での著者のそれは明晰さやクールさはそのままに、著者の熱っぽさを感じる、そんな書籍である。

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