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はじめの一歩 「僕でありたい」

2023年4月24日

私は北海道の地を離れる決意を固めた。
360度「畑畑畑牛畑畑鹿畑狐」な田舎に18年間、
ファミマもローソンも無限にある札幌に住んで約10年。
トータル30年近くをこの北の大地で生活をしてきた。

進学のタイミングで北海道を出る、という選択肢もあったが、
”焼きそば弁当・Onちゃん・YOYO'S”がいない土地は物足りなかった。
というより進学先に選んだ札幌が都会過ぎて私には十分すぎたのも理由。

2016年(?)くらいで任期を終えた北海道キャッチコピー「試される大地」※
なんて秀逸なフレーズでしょう。冬は氷点下の世界・夏も30度を全然超える・鹿さんはしょっちゅう列車と車に激突する。くまさん達は千秋庵の山親爺のCMのごとく山からよっこらせと降りてくる・・・
そんな試される大地で楽しく呑気にのほほんと暮らしてきました。
※現在は「その先の、道へ。北海道」らしいです

なぜ北海道から離れるのか?

私の場合は、シンプルに持病の「喘息」が悪化してきたからです。
医師の指導のもと行っている標準治療をもっても、発作をしょっちゅう繰り返す日々。夏以外は年がら年中空気が冷えている北海道では、気管支や肺へのダメージがとても大きい。無論部屋の空気も凍てつき、暖房費もかさむ。
雪が地面に積もっている期間(11月〜4月半ば)も長く、リハビリの散歩も気軽に行えない。10代の時の大発作の影響で運動ができない体になってしまった私は、1〜2キロの散歩中でも小休憩が欠かせない。
階段なんて登った日には気管支の痛みでうずくまる。

と、そんな感じで<重症喘息×極寒地域>は相性が悪いということだ。
医学的な根拠はわからないが、私には限界がきてしまった。
2月末に辛い発作が起き布団の中で悶えている時に、私はある人の言葉を思い出した。「あなたみたいな重症の喘息患者さんは寒い地域に住んでるのは体に良くないなぁ。こっちにおいでよ〜!」名前は伏せるが私の命の恩人が高校生の私に向けて贈った言葉。当時の季節はちょうど3月。病室から見える桜並木が美しかったのを覚えている。

北海道にもふきのとうが顔を出し始めた2023年の春。
私はついに”こっち(道外)” の世界に飛び出すことを決めた。

〜余談〜
移住を決意してから、昔NHKで放送されていた ジャム ザ ハウスネイルのED曲が頭の中でずっと流れている。
今の私は自分にとっての理想郷(ユートピア)を探し求めて
にょろにょろ歩くカタツムリ。

「ねこがねこであるように
 犬が犬であるように
 全身全霊
 僕でありたい」

たった4行の詩だけど胸を打たれる歌詞。
自分という軸を忘れず、前向きに一つひとつコツコツと。
未来の夢への実現に向けて進んでいきたいと思う。

2023.0426 written by.nato


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