[小説] リサコのために|057|十二、進化 (1)
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十二、進化
久々に見る双子のおじさんの姿にリサコは動転していた。
またここに来ると頭で解っていても、本当はあまり実感が持てていなかったのだ。
おじさんたちを目の前にして、体感的には十数年経っているあの日に、一瞬にして戻ってしまったかのような錯覚に陥った。
「ちょっと話があるんだけど、いいかな」
リサコがあわあわしていると、隣から良介の声がした。
よかった彼も来れたんだ、と思って振り向くと、そこには中学生くらいの時の良介が胡坐をかいて座っていた。
もっさりした金髪。前髪で目が隠れている。
…か、かわいい。
リサコは思わず彼の前髪に触りたくなって、ぐっと我慢した。
良介はそんなリサコの様子に気が付いたのか気が付いてないのか、チラッとこちらを見て少し首を傾げた。
「良介じゃん」
「良介だね」
「いつからいた?」
「いま来たの?」
「今来たんだよ」
良介が続けて喋ろうとすると、おじさんたちは片手を挙げてそれを阻止した。
「ちょっと待って」
「ほんとにお前は良介?」
そう言うとおじさんたちは両手をまるめて目の前に持って来て、双眼鏡を覗いているかのようなポーズをとった。
「おお、確かに良介だ」
「え、これ良介か? 何か違ってないか?」
「いや良介だな」
「うん、そうかも。良介かも」
リサコは少し不安になって良介の様子をうかがったが、良介は薄ら笑いを浮かべてこれを観察していた。
前髪で目は隠れてしまっているが、きっと小鹿のような目でおじさんたちを見ていることだろう。
「話してもいい?」
良介が言うと、おじさんたちは双眼鏡にしていた両手を下ろして同時に頷いた。
「これ、何だかわかる?」
目の前に良介が先日説明してくれた世界の構造図が表示された。
おじさんたちは、「おお…」と声を上げると身を乗り出して図を眺めた。
「ザ・ワールド」
「こんなに広いか?」
「お前たち、これのどこまでアクセスできる?」
良介のこの質問に、双子のおじさんは急にあわてふためいて、両手を振り回して必死に否定のジェスチャーを繰り出した。
「おじさんたちわからない」
「おじさんたち言えない」
これに良介は「はぁ…」とため息をつくと、おじさんたちの方を向いたまま、じっと黙ってしまった。
それからゆっくりと、良介は両手を持ち上げて先ほどおじさんたちがやったのと同じように双眼鏡のポーズをとった。
おじさんたちは「ひぃ~」と言ってまるで怖いものでも避けるかのように良介の視線を避けようとした。
それでも良介は容赦なく双眼鏡のポーズを彼らに向けた。
「いや…良介…、やめて」
「勘弁して、わかったよ、言うよ」
おじさんたちが堪忍すると、彼らの目の前に先ほどの図が迫って表示された。
「おじさんたち、現在地わからない」
「ここはどこ?」
良介が図の一部を指さすと、そこが赤く点滅した。
「そしたら、こうだ」
「これで許して」
赤い点滅の範囲の周りと、さらに上や下にグニャグニャ伸びた領域がハイライトされた。
それを良介はしばらく眺めていた。
「なるほど…やっぱり。お前たち ≪ヤギ≫ 追跡専用に改ざんされてるな。誰にやられた?」
おじさんたちはブルブルと首を振って言えないことを示して来た。
それを見ると、良介はまた双眼鏡のポーズをした。
おじさんたちがまた、「ひぃ~」と言って怖がった。
リサコはAIの良介にこのようなサディスティックな一面があることを思い出した。
このモードになっている良介には逆らえない。
「誰にやられんたんだー? ≪体系≫ か?」
良介は双眼鏡のポーズのままおじさんたちを問い詰めた。
「い、言うからそれやめて」
「良介、お願い、それやめて」
おじさんたちは二人抱き合いながら必死に訴えた。
良介はゆっくり両手を下ろした。
「≪体系≫ じゃないよ」
「いや、≪体系≫ と言っても間違いではない」
「≪全脳≫ だよ」
「≪全脳≫ って、まあ ≪体系≫ という意味でもあるやつ」
おじさんたちのこのよく解らない返答の途中で、リサコは後ろに引っ張られる感覚になり、自分から抜け出てしまった。
気が付くと “表層の店” にいた。
ステージの上にはおかっぱの男女、つまり ≪体系≫ が立っていた。
良介やおじさんんたちの会話は、リサコにとってまるで意味不明だったので、ここは ≪体系≫ に代わってもらうのがよいだろうと納得して、リサコはステージから離れてカウンター席に腰を下ろした。
すると、ショートカットがよく似合う小柄な女性が話しかけてきた。
「よお、リサコ。あたしはアイスリーだよ」
その名には聞き覚えがあった。そしてこの人にもどこか見覚えがあったがよく思い出せなかった。
アイスリーはリサコの反応を待たずに話を続けた。
「あんたはあたしのことわからないかもしれないけど、あたしはあんたのことよく知ってる。これはあたしらの勝手な予想なんだけど、ここから先、たぶん、忍耐が必要になってくる」
リサコは彼女の意見に同意だったので頷いた。
「そこで提案なんだけどさ、あたしと融合しないか?」
「融合?」
「そうだ。あたしは忍耐担当なんだよ。読んで字のごとく、耐え忍ぶことを請け負って来た。だけどさ、あたしはちょっとさ、人格的に欠点が多いんだよね。だから、あんたとあたしが合体したら、ちょうどよくなるんじゃないかなって」
リサコはそんなことができるとは想像がつかなかったが、ここにいる人たちは元々は自分自身なのだ。
どうやるかわからないが、できるのだろう。
リサコが悩んでいると、そっと肩に手を置かれたので、振り向くと、オーフォがいつのまにか隣に来ていた。
「これは、アイスリーが独断で決めたことじゃない。みんなで決めたんだ。リサコは表に出てる時に僕たちの声が聞こえないみたいだから欠席裁判みたいになってすまない。でも僕たちの意思は君の意識でもあるはずなんだ」
リサコはアイスリーの方を見た。
くったくのない笑顔で彼女はこちらを見ていた。
この子と合体する…嫌な気はまるでしかなった。
ただ…。
「ああ、リサコ。そうだよ。あたしは父さんにやられっぱなしだった日々の記憶を持っている。他の人格たちの体験もまあまあ知ってる。あたしと融合したらそれらもあんたと共有することになる。このことを含めて考えてほしい。どうする?」
いつの間にか、リサコの周りに十人ほどの人が集まって来ていた。
誰が誰なのかはわからない。アイスリーと融合すればそれもわかるようになるのだろう。
“表層の店” 全体から切羽詰まった雰囲気がリサコに伝わって来た。
悩んでいる時間はない。そしてこれは提案という形を取られているけど、不可避案件なのだ。
ステージの上で女の方の ≪体系≫ がこちらを振り返っており、外と内の両方の会話を聞いていることを示していた。
「わかった。アイスリーと融合する」
リサコが言うと、全員から安堵の空気が伝わったきた。
アイスリーは指を鳴らし、こちらに向かってウインクをした。
「よし、じゃあ善は急げだ。融合するよ」
あっと言う間だった。
アイスリーが言い終わるか終わらないかの瞬間にリサコはアイスリーと融合していた。
彼女の記憶や体験が自分のこととして感じられた。
父親に暴力を振るわれた記憶もあったし、学校で体育の授業をこなしていた記憶…そして良介とじゃれ合っている記憶。
良介とアイスリーは仲良かったんだ…。
なんだか不思議な感覚だった。
自分の知らない良介をアイスリーは知っていた。だけど、それは今やリサコの記憶でもあるのだった。
まわりを見渡すと、集まっている面々の顔と名前が明確に解るようになっていた。
それぞれに得意分野があり、絶妙なバラスでリサコをこれまで運用してきたのだと知った。
それから、アイスリーが ≪体系≫ に恐怖を感じていたこともわかった。密かに。こっそりと。
≪体系≫ は異質なものだ。元々リサコの中にいたものではない。そんな気がした。
「どお?」
オーフォが心配そうにのぞき込みながら言った。
それに対し、リサコはピースサインを出して、問題ないことを告げた。
「なんか、変な感じだけど、不都合なく融合したみたい」
それを聞き、みんなは安心して喜んだ。
ここで “表層の店” の面々は良介とおじさんたちの会話に意識を戻した。
良介がおじさんたちにリアルタイムで ≪ヤギ≫ の居場所を報告することは可能かと聞いていた。
おじさんたちはしぶしぶ合意した。
≪体系≫ は黙ってこれを聞いていた。
おそらく良介とおじさんたちは、リサコが ≪体系≫ と交代していることには気が付いていないだろう。
ステージの上の ≪体系≫ が振り向いて手招きしたのでリサコはそちらへ向かった。
そして彼らと交代した。
表に出ると、猛烈な眠気が襲って来た。
ちょうどおじさんたちと話を終えて、戻るところのようだった。
気分が悪いほどの睡魔だった。
リサコはこれを体験済なので、抵抗することなく眠りの世界へと落ちた。
目をあけるとインターネットカフェに戻っていた。
リサコは個室のソファー型の椅子の上で、良介に抱えられるようにして目を覚ました。
良介も同時に目を覚まして、何か異変を感じ取ったのだろうかリサコの顔を覗き込んできた。
良介の顔を見ると、急激に愛おしさが襲って来た。
リサコは良介を愛していた。
幼馴染として、家族として、自分をサポートしてくれるAIとして、恋人として。
これはアイスリーの感情でありリサコの感情であった。
これまで押し殺して来た感情が一気に爆発した。
リサコは良介に自分の顔を近づけると、彼の唇に自分の唇を押し付けた。
良介は「ん?」と声を出したが、そのままリサコの口づけを受け入れてくれた。
しばらく二人はそうしてインターネットの個室で抱き合い口づけていた。
≪体系≫ が後ろでヤキモキしているのを感じたが、リサコは無視した。
「私ね、アイスリーと融合したんだ」
良介から唇を離しながらリサコは言った。
良介はびっくりした顔になり、数秒経ってから「えーーっつ!!??」と声を上げた。
彼にも本当にわからなかったようだ。
「融合って何?」
「そのまま、二人が合体して一人になったの」
良介が少し心配そうな表情になった。リサコには彼の考えていることがわかった。
「アイスリーが私の代わりに経験し耐えてきたことが私に共有された。私は強くなった」
それを聞くと良介は無言でリサコを抱きしめた。
優しい優しい抱擁だった。
自分を真の意味で理解してくれる人は、この世界にこの人しかいないのだ、とリサコは悟った。
では良介を理解できる人はいる?
彼と共に歩むために私は彼を知ることができるだろうか…とリサコは思った。
(つづく)
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