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50歳目前の「ライターへの挑戦」は新たな人生への扉を開いた

私がライター業(文筆業)で開業届を出したのは50歳を目前にした約4年半前のこと。開業前から数えれば5年以上経っている。

開業前は専業主婦。銀行員の経験はそれなりにあるが、ライターの経験は皆無である。もちろん自営業の経験だって1度もない。

そんな私が今は複数のメディアで金融系の記名記事を書けるまでになった。多くの人に記事を読んでもらえるようになったことは素直に喜んでよさそうだ。

さらに、今年はなんと紙の本の執筆協力者になり、巻末にクレジットまで載せてもらった。そのような経験は2度とないだろう。よき冥途の土産になるに違いない(笑)。

今回は「挑戦」というお題に絡めてその件に関する今の心境を話していく予定だ。とりとめのない長文になる可能性があるが、もしよければお付き合いください。

50歳を目前のライター開業は無謀な挑戦か?

それにしても、未経験のライターで開業とは、我ながらまったく無謀な挑戦をしたものだ。ある意味「血迷った」と言えるかもしれない。

50歳を目前に浮き沈みが激しいメディア業界でライターをやるなんて無謀すぎる。ブランクがあるアラフィフの専業主婦がやることではないだろう。

同年代の友人からは「よくその年でそんなことを始めたね」と驚き呆れられ、夫や子どもからも「やめなよ」と何度言われたかわからない。今でもライターを続けることを反対され続けている。

実は私自身も同じことを感じており、「このまま続けていいものだろうか?」と悩む気持ちと「とりあえず行けるところまで行ってみよう」という気持ちの狭間で右往左往しながらなんとか歩を進めている状態だ。

守りに入って挑戦へのハードルが上がる50代

50代になると新しい挑戦へのハードルがぐぐっと上がり、一歩踏み出すにはとてつもない勇気が必要となる。だから、この年になると守りに入る人が非常に増える。

50代は定年退職が現実的になり、子どもの自立や老親の介護などを通して自らの人生の先もはっきり見えてくる年代だ。

また、この時期は更年期を境に露骨に体力や回復力が落ち、それまでと同じ生活をしていればどんどん衰えが進んでしまう。

もちろんガンや脳卒中など大きな病気のリスクもどんどん増えていく。一度大きく体調を崩せば、2度と元の状態に戻れなくなる可能性も高くなる。

あなたが50代以上であれば、それが実感としておわかりだろう。

50代以上が新たな挑戦を始めるリスクは極めて高い

そんな状況にある50代以上が、新たな挑戦を始めるリスクは極めて高い。万が一失敗すればやり直しがきかず、それが原因で後の人生が台無しになる恐れもあるからだ。

だからこそ、多くの50歳以上が守りに入って新しいことに手を出さなくなり、人生の終わりまでをできるだけ穏便に過ごすために慎重に動くようになるのだろう。

私自身もその気持ちは痛いほどわかる。だから彼らを責めたりバカにしたりする気持ちにはなれない。そのような生き方を選ぶ方がある意味賢いだろうとも思う。

そう考えると、私が今やっていることはバカげた挑戦ではないか?という気持ちをぬぐえずにいる。

それでも私がライターを続ける理由

それでも、私は約4年半前に始めた挑戦からまだ降りていない。細々とだがまだライターをやっているし、当面廃業するつもりもない。

私に需要がある限りはライターを続けるつもりだし、もっと仕事の幅を広げたいとも思っている。そのための資格取得にも今は前向きな気持ちで取り組んでいる。

そんな気持ちが沸き上がる原動力となったのが、この仕事の楽しさや自分のやった仕事が正当に評価される喜びを知ったことだった。

結婚後の人生では失ったものの方が多い

ここで、結婚してからライターになる直前までの話を少ししたい。

結婚後は長年家族のために身を粉にし、無償労働に明け暮れてきた。子育ての後半は趣味や非正規の仕事もやったが、家庭の運営に支障がない程度にとどめていた。時間を忘れて思い切りやったことはない。

また、転勤族で各地を転々とする根無し草のような生活を繰り返していた。だから独身時代の友人とはほとんど切れ、ずいぶん前から同窓会のお誘いもまったくなくなった。

子どもが大きくなってから始めたイベント運営のボランティアで新たに友人ができたのが唯一の救いだが、昔の思い出を共有できる仲間がいないのは非常に寂しいものだ。仕事でキャリアを積めなかったことも大きな後悔となっている。

そんなこんなで私の結婚生活は失うものの方が多かったと思う。それを思うとむなしくなり、自分の人生はいったいなんだったのか?と思ったものだ。

ライターへの挑戦をきっかけに新たな人生の扉が開く

そんな私の人生を変えたのが、今のライターの仕事との出会いだった。

とはいえ、最初はそれほど本腰を入れてこの仕事を続けるつもりはなかった。

しかし、ライターを続けているうちにこの仕事が楽しくなってしまったのだ。その時、ライターへの挑戦が間違っていなかったことを悟った。

家事育児などの無償労働は、主婦や母親ならきちんとやって当たり前だと思われる。でなければ「そんなこともできないのか」とののしられるのがオチだ。

しかしライターの仕事は、記事の内容が良ければアクセス数が伸びてメディアの儲けに繋がり、儲けが出ればクライアントから高く評価される。

また、結果に応じて報酬が上がることもあり、よい仕事をしていることが他のメディア関係者に伝われば新たな仕事のオファーも来る。

それがわかってくるにつれて自分への自信がついて後ろ向きな気持ちが消え、自分が新しい人生の扉を開けて前を向き始めたことを実感できたのだ。

ライターへの挑戦は人生の再出発に必要なプロセスだった

50歳を前に始めたライターへの挑戦が本当に正しかったかどうかはわからない。それが本当にわかるのは人生の終わりの時だろう。

しかし、妻や母になってから多くのものを失い、自分自身のアイデンティティまで失いかけていた私にとっては、人生の再出発に必要なプロセスだったと思う。

もちろん収入や身分が不安定などの懸念材料はあるが、当面生活できる程度の貯えはある。対策は必要だが、それは今ある仕事をしながら考えても遅くはない。

そのように前向きに考えながら、これからもできる限りライターの仕事をやっていきたいと思っている。


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