311が導いた不思議なご縁の話
3月11日は、9年前からずっと交流が続いている北の友人たちについて思いをはせる日だ。今日はそのきっかけとなった出来事を書こうと思う。
たぶん過去にも同じことを書いているが、もはやそれが毎年の年中行事なのでお許し願いたい。
◇
東北で震災が起こった年の初夏、私はふと思い立って地元の展示イベント会場に足を向けた。買ったばかりの一眼レフカメラで会場の展示作品(撮影可)を撮りたかったからだ。
会場で展示作品の写真を撮りながら歩いていたら、展示ブースの一角に目が留まった。
作品の横に震災でもっとも被害が大きかった地域の写真があり、そのブースで展示しているグループがその被災地から来ていることがわかったからだ。
それを見て、なぜか「大変な中遠路はるばるよくぞおいで下さいました」と胸がいっぱいになった。また、私の母が同じ県の出身であることから、最初から妙な親近感を覚えてもいた。
そのせいだろうか、ふと気が付いたらそのグループの人たちに声をかけており、なんだかよくわからないうちにご当地トークでえらく盛り上がってしまったのだ。
するとグループの人から「来年も出展します!ぜひ見に来てください!」と熱望され、なし崩し的に次の年に会うことになってしまった。
◇
普通に考えれば、1度会っただけのまったく縁もゆかりのない人たちとの約束など守らなくても問題はない。
しかし、変なところで義理堅い私は、次の年に「やっぱ行った方がいいかなあ……」と迷いながらも、とりあえず顔だけは出すことにした。その結果いつのまにか毎年会う流れになり今に至っている。
◇
交流を始めてから2年ほど過ぎたときだろうか。私が手芸好きであることを話したところ、「それならジャンルが違っても作品を作れるのでは?楓さんもぜひ作品を作って来年持ってきてよ」という話になった。
思わぬ展開にうろたえたものの、なんとなくやってみようかな~と軽いノリでキットを買い、次の年にキットを完成させて持って行った。
それを機に私はそのグループのメンバーに認定され、今日まで9年間も友人関係が続いている。
実を言えば1年に1~2日しか会っていないしネットでもあまりやりとりしていないのだが、年に数回会っても疎遠になった感じがまったくしない。
そんな程度の交流にもかかわらず、どうして9年も続いているのかが不思議でたまらないが、それこそが「ご縁」というものなのだろう。
今では私と同じ地元に住む友人もそのグループに参加し、ますます交流が深まっているのだから面白い。
◇
もし311の震災がなかったら、あるいは彼らが私の母の出身地に近くなければ、声をかけることはなかっただろう。
そう思うと、北の友人たちとの交流は、まさに東日本大震災というマイナスの出来事が起こした奇跡だ。
そのようなできごとをきっかけにご縁ができたことには複雑な思いがあるが、出会えてよかったと思える人たちに出会い、交流を深めたり広げたりしながら9年も続けてこられたのはやっぱり素直にうれしい。
◇
残念ながら、今年はコロナの影響でイベントが中止となり、会えなくなった。
しかし、来年はまたいつも顔を合わせているような感じで再会できると確信している。
……それまでに多忙と体調不良を理由に制作をさぼっていた未完の作品を、ちゃんと完成させなきゃ(滝汗)。
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