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余計な心配をかけないという思い

父が他界してから一人暮らしとなった母は、こちらの心配をよそに「おかあさん 今ほんま幸せやねん」と いつでも声を弾ませて、大丈夫 大丈夫と言って笑ってた

母の遺品を整理しながら、ほんまに大丈夫やった? ほんまに幸せやった?と何度も問う
耳をすませても返答はなく、小さく息を吐いて母の言葉をそのまま信じることにした

母の鏡台を片付けてたら
随分むかしにプレゼントした
小さな小物入れが出てきた

あ、もしかして あの行方不明の指輪…



実家のあちらこちらから オロナインの瓶が3つ出てきた
どれも使いかけで 埃もかぶっていなかったので、それぞれの場所で使っていたのだと思う
歩くのが少ししんどくなっていた母の小さな工夫だったのかもしれない

力仕事、水仕事をしていた母の手は、昔から大いに荒れていた

結婚以来 父とふたりで酒屋を営んでいて、毎日 仕事と家事に忙しく、なかなか治る暇はなかった
わたしが小さかった頃からオロナインは我が家にはお馴染みなのだった
母はオロナインを信じて一途に使い続けていた

昔から変わらない瓶のデザイン
茶色い蓋を回し開けて指に取ると予想通りの香りがした
けれども それは心なしか子供の頃よりも淡い気がして、もしかしたら この数十年の間に改良されたのかもしれない
それでも 記憶を呼び起こすには十分で、手の甲に広げると 懐かしさも一緒に漂った

え・・・


幼い頃、冬になるとわたしの手指はしもやけで真っ赤になってパンパンに腫れた
熱を帯びてじんじんと痛痒くなる冬が 毎年とても憂鬱だった
このまま春がきても治らないんじゃないかと いつも不安になっていた

母はお決まりのオロナインを取り出すと、楽しげにくるんと指先にたっぷり取って、まずは自分の手のひらに馴染ませる
そして わたしの手を両手で包んで 「大丈夫〜 大丈夫〜」とおまじないでもかけるみたいに宥めながら、じっくりとわたしにもオロナインを擦り込んでいく
その母の手はガサガサとしていたけれど、その感触も痒みには心地よかった
そして ふたりの手はオロナインを纏って、おまじないはじんわりと効いてくるのだった

ハロー

まさかの身長4.5センチ
まさかのキューピーちゃん

お、おかあちゃん…
これはなんなんでしょうか
サプライズ?
メッセージ?
ただの天然?



***


母の78年の人生で 入院したというのは、お産のときの数日と亡くなる前の一週間だけでした

「診療所にお薬もらいに行ったらな、救急車呼ぶから それでちょっと大きい病院行ってみよ って先生が言わはってん〜」

母は携帯の操作が苦手でメールがうまく打てず、いつも要件はLINEのボイスメッセージで送ってきました

「みんな元気にしてる?ちるは?お仕事行ってんのやろ?
あんたは生まれたときから丈夫なコやったけど、そろそろ自分の体のこともちゃんと気にしてやらなあかんねんで」

母は 自分のことはそっちのけで、珍しく母親らしいことを大事そうにゆっくりと言うと、 病院名を告げて あはっと無邪気に笑いました



昨年9月
自転車で近所のかかりつけの診療所に行った母は、そのまま救急車に乗せられることになりました
けれどもなかなか病室の空きがなく、二軒断られ三軒目の空き待ち
そしてようやく搬送された先は、母がわたしを産んだ病院でした

そこで二週間ほどの入院を告げられると「それは困る〜」と言って帰ろうとしたそうで、病院の先生を困らせるくらいのパワーはありました
医師はわたしに面談で「なんであんな喋れるのか 歩けるのか不思議で… ふつうなら無理です」とおっしゃいました

あぁ、はい
あんなゆるキャラみたいな感じではありますけれど
うちのおかあちゃんは ただものじゃないかもしれません
鉄人というか 超人というか
宇宙人や魔法使いみたいな不思議なところが 実はちょいちょいありまして…

そんな馬鹿げた呟きは 心の中だけにとどめて、
「そうですか…」とだけ答えました

とりあえずしまっとこ



母は 店のことやお客さんのこと、発注や納品や支払いのことをとても気にしていたようで、個室なのをいいことに 病室からあちこちに電話していたらしく
たぶん看護師さんにはバレバレだったと思います

「いま病院やねん〜 二週間くらい入院するみたいやねんけど 娘にみんな頼んであるから大丈夫、 よろしくね〜」

常連さんや問屋さんらが おかあちゃんから電話をもらったと びっくりしてとんで来ました


家族はもちろん、誰ひとり母がそのまま空へいくとは思っていなかったと思います
誰もが信じられないと言って ぽかんとしました
それはたぶん母自身も…
10月から酒類が値上げするというので、いつもより多めに商品を仕入れていました



さいごは頑張ってきた母の手を 片方ずつ両手で包んで撫でました
むかし わたしにしてくれたように
大丈夫 大丈夫
何も心配しなくて 大丈夫やからね


母は 誰にも心配や迷惑をかけないようにして、台風が過ぎるのを待ってから ピカピカの空へいきました

心配も迷惑も 何も気にすることなく、すっかり甘えてくれていいのに と思います
小さなことでも遠慮なく何でも言ってよ
娘なんだから
親子なんだから

そう思うんだけど
それができないこともよくわかります
わたしは母の娘だから
わたしも同じだから
母の気持ちがとてもよくわかるんです

わたしも 余計な心配はかけたくないなと思います
相手が大事であればあるほどに
相手のことを思えば思うほどに




もう一年が経ちました
おはぎが大好物だった母は、秋の彼岸に旅立ちました
ほんと、どこまでもおかあちゃんらしいんだから

ずっとわたしは、どちらかというと父親似かなって思ってたのだけど、だいぶ母を受け継いでるなという意外な発見がいろいろあって 驚いたりもしています
そんなお話もまたいつか 別の機会に


暑さ寒さも彼岸まで
今年の夏は 暑さがほんと異様でしたね
秋が深まってカサカサが気になりはじめたら オロナイン オロナイン
季節の変わり目 どうぞご自愛ください

それでは よい一日を、よい一週間を


#126.   『 秋の彼岸  〜母へ〜 』

⭐︎食いしん坊だった母へは大きめのあんこのおはぎふたつにしとこ

⭐︎母を思う風の抜けたる中庭のヤマボウシの実の赤くなりゆく

      ー ちる ー

久しぶりに小豆を炊きました…

あんこにする前のお味見^^


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