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オーストラリアのむすめ

数年前のちょうど今頃、オーストラリアからの短期留学生を一ヶ月ほど うちでお預かりしました。
中学生の女の子でした。

そのお話をいただいた時、
「うちでよろしいんですか、大したおかまいはできませんけど」
そんな 友達が訪ねてくるくらいの軽い感じで 二つ返事でお受けしたのです。
周りの仲間たちは驚きました。
「え!すごい。英語ができるなんて知らなかった 」  

え? 英語?  できませんけど?

・・・

みんな一瞬ポカンとします
よく引き受けたな、あんたすごいな、と言いたげなポカン
呆れとも驚きともつかぬポカン


英語学習は学校の教科書英語のみ
それほど得意だった覚えもありません
海外旅行も人生で数えるほどで、ハワイとバリ島とフランスとエジプトしか行ったことがなくて、英語にはあまりご縁がなく・・・

「まぁ、笑顔でいればなんとかなるよ」
「大阪弁は最強やから海外でも通じる」
「ジェスチャーは大きめにするといい」
「表情筋をよく鍛えておけ」

人ごとともとれる楽しい励ましやアドバイスをもらい、そこは素直に 頑張る!と宣言したのです

どうやらあまり深く考えず 直感でいくところがあるようで
時に人はそれを「無謀」と呼ぶらしく
出たな、ハチャメチャ
うん、確かに結構な一大事

英語もろくに話せないし、仕事のこともあったけど、その時は “ムリ” という言葉や選択はカケラも思い浮かびませんでした。
家族が増えるなんてなんだかちょっと楽しそうだし、
せっかくのこんなチャンスはなかなかないし。

心に青信号が灯ったらとりあえずそちらの方向に歩きます

好機逸すべからず。


ほんの数ヶ月で英語をマスターできるはずはないけれど ちょっと勉強してみたり、迎える部屋を整えたり、週末のイベントをあれこれ考えたり…
イメージトレーニングして準備をせっせと進め、その日を楽しみに待ちました。

けれど、待てど暮らせど留学生の情報がいただけません。
催促してもなんだかのんびりしていて、日本との感覚の違いを思い知ります。

そして来日する一週間前になってようやくいただけた情報を見て驚愕します。


ベジタリアン
野菜もトマトときゅうりは食べない
チーズ、牛乳、卵も食べない
アレルギーなし
好き嫌い多め

起床 5時半
就寝 20時
疲れやすい
睡眠多め

趣味はショッピング
選択授業で日本語をとっている
ひらがなは読めるが日本語不可

・・・

オーマイガッッ!

oh…  ついつい英語が…


心の準備に不足アリ
なんでもかんでも食べる 夜型人間の私には予想しきれていなかった。
ワタシ ダイジョウブカナ… と ここへきて初めてちょっと心細くなるのです。

学校は毎日お弁当持参
20時就寝 って、それまでにお風呂も夕飯も団欒も済ませるってことか
もう後には引けません
前進あるのみ
慌てて料理本を買い、ベジタリアンの食事についての情報を集めます
イメージトレーニングやり直し
時間がないぞ
えらいこっちゃ!


初めて親元を遠く離れて、異国の全く知らない初対面の人の家で過ごそうとしている14歳の少女
きっと不安も大きいでしょう
彼女のご家族だって心配に違いありません

安心して健康に過ごせるように
めいっぱい楽しんで
日本を好きになって
元気な笑顔で帰ってもらいたい

そんな思いが募ります

できないことはできないけれど
できないことはできないからこそ
できることを精一杯にやろうと決めました。

そして なんとかオーストラリアのむすめを無事に迎えます。


料理は 彼女の好物に少し苦手も織り交ぜたり
会話は 笑顔とジェスチャーを織り交ぜながら
時おりどさくさに 英語に大阪弁をミックス

英語の勉強の成果か、大阪弁の威力のせいか、
コミュニケーションに困ることはほとんどありませんでした。
笑顔と気持ちは万国共通
それらは言語を越えるのです。


案ずるより産むが易し。


彼女は私のことを“ママ”と呼びました。
momではなくてママ
日本風味のカタカナ英語
それもなんだか嬉しかったな。

互いに歩み寄り 学びあいながら、楽しく有意義な一ヶ月を過ごすことができました。
時間的にもかなりハードで、もう二度とこの時と同じようにはできないと思います。
かけがえのない貴重な経験、勉強をさせてもらいました。


週末には、お出かけやイベントも楽しみました。

ディズニーランド
ディズニーシー
原宿ショッピング
渋谷のスクランブル交差点
神社の秋祭り
十五夜のお月見
京都旅行…
ディズニーの興奮ぶりといったらすごかった

食べられるものがかなり限定的だったので、外食にはかなり苦労しました。

食生活は一緒にベジタリアンを経験

肉・魚を一切食べないなんて とても想像できなかった。
絶対に途中で食べたくなると思ったし、献立に行き詰まるとも思ったけれど、そこも案外平気でした。
スーパーの買い物は、肉・魚コーナーを完全スルーできるので 一瞬で終わってとても楽ちん
いつもここで時間食ってたんだな


日本のお米とお豆腐の美味しさには驚いていました。
天ぷら、お味噌汁、炊き込みご飯、コロッケや野菜の胡麻和えなども とても気に入ってくれました。
プレゼントする思い出ノートには、いくつか英語でレシピを書きました。

納豆にもチャレンジしたけど、これはやっぱりダメでした。

初体験のお箸は、はじめ全く使えなくて苦戦したけど、帰るときにはすっかりマスターしました。
彼女のために新しく用意したお箸は、お土産のひとつになりました。

お風呂の湯船も初体験だったみたいで、どう?って聞いたら パーフェクト!ってはしゃいでいたっけ

学校でもお友達ができて、だんだんと慣れてくると、簡単なあいさつや返事が日本語で返ってくるようになりました。

最終日にもらったメッセージは、頑張って全て日本語で書いてくれていました。
その最後には大きく『 かえりたくない 』と書かれてありました。
楽しんでもらえたのかな…
とても幸せな気持ちになりました

最後は また会う約束のビッグハグを交わし
大きな笑顔で別れました

終わりよければ全てよし。


東京オリンピックの時には、ぜひまた日本に来たいと言ってくれていたけど、それは叶いませんでした。

彼女はいま、大学生になっています。
少女だった彼女は もうすっかりレディ
あの時聞かせてくれた夢に向かって歩んでいるかな。


夜空を一緒に眺めたとき、彼女はあどけない表情で わたしに不思議そうに訊ねました
「東京の空は どうしてこんなに真っ黒なの」

彼女の住むところは星空がとてもきれいなのだそうです。
いつかその空を眺めてみたい

そしたら彼女に訊ねてみよう
「どうしてこんなにも違うの 同じ空のはずなのに」


季節が真逆のオーストラリアは 春の陽射しがあたたかな頃でしょうか
日本の桜も見てみたいなって言ってたな

オーストラリアにいるむすめとの再会がいつか叶いますように



緊急事態宣言がようやく解除されました
秋の空が一段と爽やかです
どうぞよい一日を、よい一週間を。




#41. 『 オーストラリア 』

⭐︎神無月 南へ7,800 kmキロ 桜の花を届けやりたし

⭐︎天高し 深まりゆけば麦の穂と金髪ブロンドのきみのうつくしさよ

      ー ちる ー

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