Twitterをやめた夜。
昨日の深夜、Twitterのアカウントを削除した。
ここ最近の自分は、SNSに振り回されすぎていて、もはや生活のほぼ全てがSNSを中心に回っていた。それに心底疲れた。
ブログかnoteを書いて、TwitterとFacebookにシェアをする。そしてそのあとは、ひたすらいいねや、シェアの数が気になる。
そもそもわたしのTwitterフォロワー数は17人で、その数ではいいねやシェアなんて知れている。それがわかっていても、なにもリアクションがない自分のツイートを見続けるのはしんどいもの。
フォロワーの増やし方も色々読んでみたし、焦らずに淡々と発信すればいいと頭ではわかっていた。でも、ふと思った。
なんで、わざわざしんどいことを無理してやろうとしてるのやろう?
きっと健全なSNSの使い方は、まず日常生活があって、その延長線上にSNSがある。それが、日常生活よりも「SNSありき」になってしまうと、本末転倒ではないか。
その証拠に、わたしは1日中SNSばかり眺めていた。反応がないツイートやFacebookを眺めて落胆したり、他の方のツイートを読んで「自分となにが違うのか」と考えてみたり。
そこには憧れのあの人や、この人と比べ続ける世界があって、すっかりわたしは「自分らしさ」(あえてこの言葉を使う)を見失っていた。
毎日の日常がある。夫と息子との毎日がある。それよりも大切な繋がり…それがSNSにあるのだろうか?わからなくなった。
だから、自分に聞いてみた。
Twitterやりたい?
「やりたくない」➡︎アカウント削除
Facebookやりたい?
「やめたいけど、メッセンジャーが使えなくなるのは不便」➡︎アカウントは残すけど見るのをやめる。
インスタやりたい?
「単純に眺めるのが楽しい」➡︎いちばん気楽。継続(元々ほぼ見る専門で楽しんでいた)
最近は吉玉サキさんとやりとりをさせていただいたり、大好きな俳優さんの情報をたくさん得られたりと、楽しい嬉しいことも勿論あったTwitter。
Facebookも始めた頃はまだまだ色んな人と交流があって、とてもたのしかった。
そう、いい感じの距離感で使うことができれば、SNSは楽しいものなのだ。
今年の春からフリーランスになって、無名のわたしが人に知ってもらうにはSNSを活用するしかないと思った。だから、無理してでも続けてみたし、本を読んだり記事を読んだりして、どうにかこうにかフォロワーを増やそうと躍起になった。
でも、本当にそれが「絶対」に必要なことなのかというと、そうでもないのではないか。それに振り回されるくらいなら、いっそのことやめてしまって、自分が楽にいられる方を選択してもいいんじゃないか。
わたしはこうして毎日記事を書くことは苦ではないけど(しんどい日はあるけども)、Twitterにつぶやくことはしんどかった。きっとそれは、フォロワーが大量に増えたとしても、あまり変わらなかったように思う。
みんながやっているから、やって当然と思いがちなSNS。それが自分の本当に使いたいツールなのか、曖昧なままに続けてしんどくなっているひとも、きっといるはず。
そんなときは立ち止まって、「ほんまにやりたい?」と聞いてみる。
やってもよし、
やらなくてもよし。
個人の力は小さいようで実は大きい。SNSで拓けていく未来はきっとある。でも、可能性はそこ以外にもきっと存在しているから。
Twitterを手放してできたスペースに、なにが入るだろう。わたしはそれを楽しみにしている。
イトウカヌレ
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