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誰かと飲みたい夜もある

一人、BAR BUTLER と言う、 
ジャズバーでメーカーズマークをロックでグラスを傾けている。 
流れているのは、Miles Davis の Walkin' だ。
扉の開く音がした。 
扉の方を振り向くと、白いストールと、 
漆黒のロングドレスの裾をなびかせ、ピンヒールを響かせて、 
うめこさんが入ってきた。 
「うめこさん、これから電話をしようとしていたのだけど。」
聞いているのか、聞いていないのか、
「あぁ、表は雪よ。 
多分、電話がかかって来そうな気がして、出て来たわ。
ひとりで飲むには、寂しすぎる夜でしょう?」
「うめこさんは何でもお見通しですね。
ひとりじゃ、孤独につぶされそうな夜です。
何を飲みます?」
「そうね、強い強いお酒が良いわね。
ジャックターでロンリコをダブルでお願いするわ。」
そう言いながらカウンターチェアーに腰を掛け、
白のストールをぞんざいに脇に置くと、
小悪魔の様に、バーテンダーに、
「何が出来るの?」と聞いている。
それを脇で眺めながら、いつものうめこさんらしいなぁと思う。

うめこさんとは、このお店で知り合い、たまに飲む仲間、
友人と言うと言うか、知人と言うか、
一番ぴったりくるのは、戦友。
実際に、彼女と戦ったことは無いのだが、
風貌と言い、現れ方と言い、まるで戦争映画の頼りになる鬼軍曹。
颯爽と現れては、敵をなぎ倒しては、
第一分隊、ゆくぞとばかりに二等兵を引き連れて飲み歩く。

そんなうめこさんを眺めつつ、飲み干したグラスをマスターに見せて、
「もう一杯、同じモノを。」と言う。
マスターがレコードが止まったので、うめこさんの方を見て、
「何が、いい?」
けだるげに、
「ピアノがいいわ。」
「そうだな、Bill Evans の Waltz For Debby なんかは、どうだい?」
「マスター、それでいいわ。」
音楽のチョイスも良い。
こんな雪の夜には、ピアノの音が浸み込む。
何か話すのでもなく、ぼんやりとうめこさんを眺めながら
ロックグラスを傾ける。

なんでも話せるのが親友なら、
口をきかなくても分かり合えるのがライバルで、
うめこさんは自分からするとライバルなのだろう。
でも、うめこさんはそんなことはどうでもよさそうに、
ポテトフライを真っ赤なマネキュアで、
口に運び、楽し気に、バーテンと話しをしている。

うめこさんは、ジャックターを二杯飲んだところで、
始めて気が付いたようにこちらに向いて、
「で? 何?」
「特に何がっていう訳でもないですけど、
うめこさんと飲みたいなとおもって。」
「また、女の子にでも振られたのでしょう?」
「まぁ、そう言う事にしときましょう。」
うめこさんは腑に落ちたのか、
「じゃ、乾杯。」とグラスを軽く当てて、飲み干す。
「うめこさん、そんな飲み方は体に悪いですよ。」
「大丈夫よ、あなたみたいなやわな鍛え方はしていません。」
と少し唇を突き出しながら、
不服そうな、いたずらっ子の様な、そんな顔で、
「今度は、ビトウィーンザシーツをちょうだい。」
いつもながら、強いカクテルを飲み干すさまは、絵になる。
自分は、段々、うすくなったロックウィスキーを口に含み、
あぁ、おいしいお酒だと、ぼんやりうめこさんを眺める。

扉が開いて、二人連れが入るなり、
「寒いよ! 雪が凄いことになっているよ。」
「じゃ、ホットワインか、ホットウオッカでどうです?」
とバーテンダー。
「なんでもいいや、早く、くれる?」
そんな会話を聞きながら、うめこさんの指先を眺めながら、
おいしそうにカクテルを飲む人だなぁと、酔った頭でぼんやり考える。

今日は、良い日になって良かった。
ひとりでは持て余す時間が、
シアワセな時間になった。

ただ一つ、雪のシンシンと降る、
お店から歩いて、
帰えれるかどうかが、心配。

・・・
これは創作で、主人公に似た名前の人もフィクションです。
実在の人物や団体などとは関係ありません。 
あくまで、妄想ですので事実と誤認しないようにお願いいたします。
・・・

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※1 BAR BUTLER 
広島にあるジャズバー



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