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Bar KT's TAVERN で飲みましょう

早稲田神社の夏越祭の前日、うめこさんに電話をする。  
「Bar KT's TAVERN で飲みますので、会えませんか。」 
お店に来る前に、早稲田神社に寄り厄落としをしてきたが、 
染みついた厄が全て落ちたかわからない。 
うめこさんに会うのだから、厄は無い方がいいに決まっている。 
そんなことを思い厄落としをしたが、
煙火の火薬のにおいがついてしまった。 

お店の扉を開けて、のぞき込む。
うめこさんが、呼ぶようにグラスを上げる。 
隣に座って、
「何を飲んでいるのですか?」と聞こうとしたら、
バーテンダーに向かって
「ブラッディ・マリーをスピリタスで、お代わりね。」
あぁ、また、ものすごく強いカクテルを飲んでいるんだ。
何を飲もうかと、棚を見渡すとウシュクベリザーブを見つけ、
指をさして、「ウシュクベリザーブをロックで。」と
今日のうめこさんは夏らしいスーツを身にまとい、
真っ赤な指先でカナッペを唇に運んでは、
ブラッディ・マリーをおいしそうに飲んでいる。

そして、
「あなた、戦場にでも行っていたの? 火薬のにおいがする。」
といい、軽く笑うが目は笑っていない。
「厄落としに早稲田神社に行ったら煙火を上げていて、
その匂いが付いたみたいです。」
あわててロックグラスを傾けたので少しこぼしてしまった。
カウンターを拭きながら、うめこさんが
「あなたには戦場は似合わないものね。
どちらかと言うと、似合うのは学校かしら?」
「自分、大学を出た後は普通のサラリーマンですよ。」
「そうか、なんとなくそんな気がしただけ。」
「うめこさんは?」
「私? 私もそんなには変わりはしないわね。
短大を出て普通に就職して、おいしいお酒を飲めるぐらいは、
稼いでいるぐらいかな。」
初めてうめこさんの来歴を聞き、それでもうめこさんはきっと
すごく頑張ったんだろうなと思う。
「何度も一緒に飲んでいるのに、あまりお互いのことを知らないわね。
今日は告白大会にしない?」といたずらぽく笑う。
「それじゃ、僕から、大学時代に可愛いなと思っていた子と
この間、東京でばったり会ったのですが、
あったそうそう、頭から足先まで見回して変わったわねと
言われました。」
「ははは、大学時代を知らないけれど、もう、30過ぎでしょう?
そりゃ変わるわよね。」
「うめこさんは?」
「私? 私は逆かな、みんなに変わらないね、と言われるわね。」
「昔から、こんなに強いお酒が好きだったのですか?」
「昔は、酔えればよかったから、カクテルより、
ウイスキーやウオッカをガンガン飲んだわ。
毎日、毎日、いやな事ばかり、
それを忘れるためにはお酒が必要よ。」
「大変だったんですね。」
「そりゃ、女一人、男社会で上を目指せば、嫌なことも多いわよ。」
そう言いながら
「マスター、ブラッディ・マリーをスピリタスで、お代わりね。」と
スピリタスはアルコール度数96度もある
世界で一番強いお酒じゃなかったかなと酔った頭でぼんやり考える。
そんな強いカクテルを氷が解ける前に飲み干す、
うめこさんの横顔を見ながら、ふと、口に出る 
「うめこさんこそ、戦場カメラマンみたいですよ。」
「なんで、そう思うの?」
「なんとなく、何かを見つめていて、それは世界の不条理だったり、
世界のやるせなさだったりする様な気がします。」
「そんな風に見えるんだ、私。」
「なにか、たぶん遠くから見ているのではなくて、
一歩でも近づいて手を伸ばせば届くところで、
カメラを構えているような気がします。」
「それって、火薬のにおいがするって言うことかしら?」
「ええ、はい。」
「あら、うれしいかも。」
「それは、良かった。」
「じゃ、戦友にもう一杯、いかがかしら。
マスター、彼にもお代わりを。」
続けざまにロックのウシュクベリザーブを飲み、
かなり酔っぱらってしまい、どうやってアパートに戻ったか
記憶があいまい。
それでも、また、いつかうめこさんと飲みたいな、と思う。

・・・
これは創作で、主人公に似た名前の人もフィクションです。
実在の人物や団体などとは関係ありません。 
あくまで、妄想ですので事実と誤認しないようにお願いいたします。
・・・

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※ Bar KT's TAVERN 





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