アカペラ、大嫌いでした 〜なんで俺アカペラしてるんだろう(1)〜【宿題】

先日お寄せいただいた「宿題」に、こんなものがありました。

ち まさんにとってアカペラはどういう存在ですか?

こんなことを僕に訊こうなどという奇特な方が、この世のどこかに少なくとも一人はいるのだと思うと、なんだかものすごく不思議な気持ちです。笑
JAMやKAJa!のような大舞台に、掠るどころか手すら伸ばしたことはないし、プレイヤーとして大して秀でたポイントがあるわけでもない、
そういう人間に「アカペラとは〜」などという恐ろしいテーマを投げかけるってよっぽど奇特ですよね。変わってるよね。おかしいよ。イカれてる。
質問を初めて見たとき、30%くらい本気でそう思いました。

でも、でもです。
そんな僕だからこそ語れることも、もしかしたらあるのかもしれない。
「宿題」を送ってくれた方も、ひょっとするとそれを期待してわざわざ質問を投げかけてくれたのかもしれない(そうじゃないかもしれないけど)。

だから、せっかくの機会と思って、かれこれ10年近い付き合いになろうとしているアカペラについて、この際思いっきり書いてみようと思います。
音楽的なところというよりは、僕自身とアカペラの関係性について書きます。音楽的な話を読みたい方は、どうぞ他をおあたりください。

いつもながら長くなりそうなので(ごめんなさい……)、今回は何度かに分けて書いていきます。
第1回となる本記事では、諸々思うところを書き連ねるうえで前提となる僕自身の遍歴、そのうち前半の部分について振り返ってみたいと思います。
この作業を抜きにしてしまうと、ただ偉そうに「アカペラとは〜」なんて語ってる訳わかんない人みたいになっちゃいますからね……。

よほど物好きな人はお付き合いください。それでは、どうぞ。

前 史

4歳くらいから10年近く、近所のピアノ教室でレッスンを受け、中学時代はBUMP OF CHICKENとポルノグラフィティをヘビロテし、高校時代は部活の友達で週2〜3レベルでカラオケに行っていた、というのが僕の音楽的バックボーンです。お世辞にも豊かとはいえない。超普通。
ピアノの教室も(言っちゃアレですが)しっかりしたところではなかったし、家での練習もサボりまくっていたので、10年やったわりには大して弾けません。楽譜は読めます。でも調号の付け方の規則はアカペラを始めるまで知らなかったです。

そして、アカペラにふれたことは、大学でサークルに入るまでマジで一度もありませんでした。RAG FAIRとか名前聞いたこともなかった。やばくね?
さらに言うと、僕の中高生時代(と、大学時代の前半)は多分ハモネプ全盛期と重なるのですが、そんな恵まれた時代にもかかわらず、大学に入るまでハモネプも見たことがありませんでした。ほんとやばくね?

それなのに「カラオケが好きだから」という理由だけで、先輩に誘われるがままチャラチャラとサークルの全体会(サークルによって「例会」だったり呼び方は色々のやつですね)に行ってしまい、深く考えもせずに入会してしまったのです。入学したてで本当に頭がいかれていたのだと思います。

暗 黒 期

そうして入会した東京大学アカペラバンドサークルLaVoceで、とりあえず形としては4年間アカペラをやり通しました。

実績だけを切り取れば、充実したものに見えなくもない4年間でした。
唯一3年弱にわたって組んでいた同期バンドでサークルライブに出演できたり、箱ライブに出させてもらったり。
それなりにいい思いをしていそうな感じがしなくもありません。

でも、4年間を終えて僕自身に残っていたのは不完全燃焼感だけでした。

唯一組んでいた同期バンドは、大学生アカペラバンドにありがちな理由で、3年生の秋口に解散しました。
4年目はサークルに籍こそ置いていたものの、後輩とネタバンでサークルライブに出ようとして実地審査で大スベりしたり、学祭で悪ふざけのペンタカバーをしたりと、まっとうなアカペラとはおおよそ背を向けた生活をしていました。
それで納得していたなら全然よかったのでしょうが、僕の場合は「逃げを打っている」とはっきり自覚しながらやっていたので、モヤモヤした気持ちはずっと残り続けました。

4年間かけて、僕がアカペラを好きになることはありませんでした。
そして、4年間かけて、僕は4年前よりも歌が嫌いになりました。

敗 因

どうしてそんなことになってしまったのか、僕は結構早い段階で気づいていました。
圧倒的に、アカペラを楽しむための歌唱力面での下地が足りていなさすぎたのです。


誤解しないでほしいのですが、「歌さえ上手ければ人生変わってた」みたいなことを言うつもりはないです(多少変わってたかもしれないけど)。そこ以外にも色々問題はあったことは自覚しています。
ただ、一番大きな問題が「歌がヘタすぎたこと」だったのもまた確かです。
読者の方の中には現役の大学生アカペラーの方もおられるかもしれませんが、間違っても無思考に「そうか、おれがサークル生活うまくいってないのは歌がヘタだからだったのか!」などとは考えないでください。安直な決めつけは怪我のもとです。
上手くいっていないという結果は一つだとしても、原因は千差万別だということを、忘れないでください。

「歌がヘタ」にも色々種類がありますが、僕の場合はとにかく「こういうふうに歌いたいのに、思ったように声が出せない」という点が問題の根本でした。

たとえば、僕は4年間ずっと《ピッチ低い人間》でした。
毎練習で耳にタコができるほど「またピッチ下がってるよ!」とメンバーや先輩から指摘を受け続けるからには、「自分がピッチ下がりがち人間である」という自覚は嫌でも身につくのですが、
ピッチのコントロールなんてものを、具体的にどうやったらよいのか、イメージがまるで湧かなかったですし、結局最後までイメージできるようにもなりませんでした。

加えて言うと、僕は4年間コーラスをやっていたのですが、「表現をつける」ということが本当に苦手でした。
表現そのものに疎いこと以上に、こう表現したい!というものがあっても、それを声に落とし込めないことが厳しい壁でありました。それがアカペラコーラスにおいて致命的なことは、アカペラに多少ふれた人であればよくわかると思います。
「表現したいことがきちんとイメージできていれば、歌も自然とそこに近づくもんだよ!」みたいなアドバイスをくれる人もいましたが、当時はそういう人たちをもれなくクソ野郎だと思っていました。
今となっては、そういったアドバイスも時に有効であると理解していますが、それでもやはり、使いどころによっては薬どころか毒になると見る評価は変わりません。

このように例を挙げればきりがないのですが、とにかく僕は歌がド下手だったのです。

気づいていたからには、僕もなんとかしようと思いました。
先輩に話を聞くことには、とにかく俺は「発声が良くない」と。
発声が良くない……なにそれどういうこと?
たしかに上手い人みたいにビブラートはかけられないな……もしかしてビブラートがかかるのがいい発声なのか!?!?

こうして僕は迷走していきます。

迷走しないほうが無理だったと、今でも思います。
現在こそ、色んな流派のボイストレーナーの方がSNSやYouTubeで情報発信していたり、地盤の固いメソッドに基づくトレーニング方法を紹介する書籍が出回っていたり、発声関連のウェブサイトやブログが充実しつつありますが、
7〜8年前に巷にあふれていた情報は、質量ともに本当に貧弱でした。
いま振り返っても玉石混淆、ひどいものもたくさんあったなぁと思います。

それでも健気に情報収集を進めました。
間違った情報に混乱させられたり、どうやら正しいと思われる情報はなぜか尻切れトンボになっていて頭を抱えたり、苦労しいしい僕は僕なりに頑張ったのです。
「ほら、こういうサイトがあるから参考にしてみなよ」とサークルの偉大な先輩から教えてもらったウェブサイトは、半年前に自力で発見済みのものでした。
無課金&独学という条件が許す限りで、僕は相当頑張っていたと思います。

しかし、間違った努力というのは基本的に報われません
僕の努力の中には、今の視点で見ても正しいと言えるものもたしかにわずかながら含まれていましたが、
大部分は誤った情報に基づいた、徒労に終わらざるを得ないものでした。

結局、僕は歌うことそのものがどんどん嫌になっていきましたし、楽しそうに歌っている他のサークル員の姿を見ているのも、嫌で嫌でたまらなくなっていきました。
失意のうちにサークル卒業を迎え、アカペラとはそれ以後いったん縁を切ることとなる。それが僕の大学4年間の末路でした。

   *

……ということで、第1回となる今回は、ひとまずここまでとさせていただきます。自分で書いてて思うけどよっぽど酷いな。

次回は、社会人になってからひょんなきっかけでアカペラを再開し、今に至る経緯を綴ってみたいと思います。

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