「マ」ッチ売りの少女
冬の季節、街の通りで、ある少女が近藤真彦のブロマイドを入れたカゴをぶら下げて、
「マッチ、マッチはいりませんか?」とか弱い声で宣伝していた。しかし行き交う人は皆冷ややかな視線で彼女を見るし、中には心無いことを言う人も居る。
「誰も近藤真彦なんて欲しいと思ってねえよ!」
「中森明菜のこと忘れてねえぞ!」
「ほんと、ジャニーズ所属だったから許されていたみたいな感じがあるけど、もうジャニーズじゃないからただの屑ね」
彼女はそう言われて(特に最後の言葉に)深く心が傷つき、泣きそうになっているところを人々に見られたくないために俯き加減にしゃがんだ。「『GOGO☆パンダ!』かっこいいのに……」
彼女がこれを売っていたのには訳がある。彼女の父親は死別して母親と二人暮らしだったわけだが、その母親がとんでもないイカレポンチで、好きなものがパチンコとジャニーズという死んだら畜生道必至の人間だった。こいつが湯水のように金をそれらに充てるせいで、父親の生命保険もすぐに底を尽き、生活保護を受けてもその大半も彼女の娯楽に充てられた。それ故に少女はとんでもない貧窮を耐えねばならぬ状況にあったが、何しろ小学五年生とかだから、何にもできる訳がなく、母親に尋ねたところ、
「あ~ん?あれ売って金にしてきな。そうしたら腹みたせんだろ」と屑はテーブルを指さした。そこには畜生がSixTONES目当てで買うもはずれで貰った近藤真彦のブロマイドが数葉あった。「あれいらねえから」
そして今、一枚も売れなかった少女はしゃがんで涙を堪えている。こんなの理不尽だ。やっぱ『GOGO☆パンダ!』なんてダサい。何もいいとこないから、売れないのよ。こいつのせいで私はひもじく寒い思いをしているんだわ。そう思うと涙が止まらなくなった。
泣いて目を手首で擦っている矢先、傍目でライターが落ちているのを認めた。恐らく煙草を吸っていた若者が落としたものだろう。彼女はそれに手を伸ばして、火をつけようとした。果たして火はついてくれて、彼女は喜んだが、しかし寒さですぐに火は消えてしまう。何度も火をつけたが、全て同じことだった。
ああ、どうすればいいの。そう思っていたが、ふと近藤真彦のブロマイドを思い出した。ああこれで、暖かくなれる。彼女は安堵した様子で一枚火を灯した。すると隅から少しずつ変色して燃えていき、近藤真彦の足が無くなって、次第に胸も無くなり、最終的に憎たらしい顔もぐにゃんぐにゃんに溶けて消えた。暫くの間、暖をとることができたのもあったが、それ以上に近藤真彦の顔が面白くなることがツボに入ったようだった。お前、面白くなるのね。
その勢いで他の気取ったブロマイドも燃やし、いつしか彼女は笑っていた。これこそ「マッチ」に火を灯すってわけね。何回か燃やしてカゴに手を伸ばすと、次ので最後の近藤真彦であると気づいた。彼女は最後の一枚を取り出して、にらめっこしているうちに良いことを思いついた。
彼女は家に帰ると、母親がパチンコで負けた悲しみを酒で忘れている最中だった。それ故少女の存在に気づいていない。少女は台所へ忍び込むと、ガス栓を開け、再び外に戻り、ある程度時間が経ってガスが充満した後、最後のマッチに火を灯して、玄関ポストにそれを押し込み、一目散に逃げた。
……日午後十時頃、○○市□□町三丁目の二階建て住宅で「一階から火が燃え盛っている」と近隣住民から119番通報があった。消防車十台が出動して消火活動が行われ、四時間後には完全に消し止められたが、当住宅は全焼した。その後、通報の対象となった民家の焼け跡から性別不明の遺体が出てきて、恐らく家主の女性だと推定して調査が行われている。
彼女には一人の娘がいたらしいが、その行方は杳として知れない。
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