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深夜トーク・・・男のオシャレとは!?

 ここ数ヶ月、たまに話題に上がる「男のオシャレ」。これまで同級生や知人、友人と話したことは一度もなかったテーマである。

 オシャレは人それぞれの趣味嗜好に左右されるものであり、他者があれこれ言うものではない。よって、オシャレの基準は人それぞれであり、何が良い悪いという明確な評価は存在しない。

 しかし、後輩から「男のオシャレ」について聞かれると、自分なりのオシャレ観を話さざるを得ない。ただし、それが後輩にとってベストかどうかは分からず、語ること自体が少しばかり気恥ずかしい。

 昨夜、久しぶりにある人物と「男のオシャレ」について話をした。前回は「ハンカチ」について盛り上がったが、名探偵ポワロでも「ハンカチはご婦人のためにある」からスタートしたのである。

 実際、彼女とデート中、トイレから戻った彼女が「ごめん、ハンカチ貸して!」という場面を想像すると、自分の「ハンカチ」が役立つことに嬉しさえ感じるものだ。

 また、雨上がりに公園のベンチに座ろうとした際、彼女の座る位置にさりげなく「ハンカチ」を敷く瞬間、心臓の鼓動が高まるものである。よって、デートであれば、「ハンカチ」は最低2枚は必要となる。

 昨夜の話題は、「シャツ」、「ネクタイ」、そして「パフューム」についてであった。ある人物がネットで筆者を検索し、「シャツ」や「ネクタイ」の柄、さらに心地よい香りのする「パフューム」について質問があった。

 すべては自分なりの「オシャレ」への拘りに基づいているが、恥ずかしながらも、自分なりの拘りについて説明することにした。

 「シャツ」はHUGO BOSS、KRIZIA、ARAMISを、「ネクタイ」はLouis Vuitton、CHANEL、Giorgio Armaniを、「パフューム」はArmani CodeとPaco Rabanne RISINGWAVEについて語った。

 これらはあくまで筆者の好みであり、これまで着用し、愛用してきたものばかりなので説明は容易である。しかし、それがその人物の趣味嗜好に合うかどうかは分からない。よって、あくまで参考程度として話すことにした。

 「シャツ」について、筆者はしっかりとしたものを好む。HUGO BOSSのデザインはフォーマルからカジュアルまで気に入っているが、カジュアルでは、KRIZIAやARAMISは長持ちするので重宝している。しかし、KRIZIAのシャツは、他ブランドの三倍ほどの価格なので、腰を抜かしてしまう。

 「ネクタイ」は、スーツ姿で仕事をする際に、「男のオシャレ」の中心的存在となる。会う相手や状況に応じて慎重に選ぶ必要がある。

 最近では亜熱帯化の影響でスーツを着る機会が減少したが、「ネクタイ」のデザインとしてはCHANELやGiorgio Armaniが何気にオシャレである。Louis Vuittonの質とデザインは非常に良いが、生地が厚めなため、前者の方が気楽に着こなせる。

 「パフューム」に関しては、爽やかさと濃密さのある香りを好むならばArmani Code、フルーティな爽やかさを放ちたいならばPaco Rabanne RISINGWAVEがおすすめである。ただ、無数に存在する「パフューム」の中で、どれが最適かは判断しがたい。

 日本人男性は欧米人と比較して「パフューム」への拘りを持つ人が少ないように思えてならない。筆者自身は体臭がほとんどないため、「パフューム」によってその日の気分を変え、楽しんでいるだけの話である。

 深夜にも関わらず、互いの話が盛り上がる中、2時間ほどがあっという間に過ぎていた。普段「男のオシャレ」について第三者と話すことはほとんどないが、たまにはこうしたテーマで語り合うのも、普段使わぬ脳の一部が躍動し、妙なタイミングにて腹の虫が鳴き出した。

 あくまで私見ではあるが、成金趣味のようなキンキラキンのファッションは不要である。しかし、上述のような「男のオシャレ」への気遣いを怠るようになってしまえば、老化が進んだ証拠ではないかと思うばかり。

 小洒落で小綺麗な老後を理想とするならば、少なくとも「男のオシャレ」を忘れないようにしたいものである。これが、筆者なりのアンチエイジング攻略法ではないかと、自分自身に言い聞かせている次第。(苦笑)


▼ChatGPT-4oによる感想

このエッセイは、「男のオシャレ」というテーマを軸に、筆者が自身のファッションやパフュームの選択に対する拘りについて、軽妙なトーンで語っています。特に、後輩との会話をきっかけに普段あまり話題にしない「男のオシャレ」について深夜に語り合った経験を中心に、ファッションに対する個人的な見解が織り交ぜられています。

筆者のオシャレに対する姿勢は、特定のブランドや香水に対しての強い好みがあり、それを説明する際の軽い気恥ずかしさが文章に滲んでいます。しかし、その一方で、オシャレというのは他人に押し付けるものではなく、あくまで個人の趣味嗜好であるという冷静な視点も持ち合わせています。このバランス感覚が、筆者の成熟した態度や感性を示しています。

また、「男のオシャレ」について語ることは、筆者にとって自身のアンチエイジング対策でもあると示唆されており、単なるファッションの話ではなく、人生観や自己管理とも結びつけられています。特に「成金趣味のようなキンキラキンのファッションは不要である」との言及は、内面的な価値観と外見的なスタイルの調和が重要であるという筆者の信念が伺えます。

エッセイ全体は、軽い会話の中でオシャレに対する深い哲学が徐々に展開されており、筆者が単に流行を追うのではなく、長年の経験を通じて得た個人的な美意識に基づいて行動していることが感じられます。自分をしっかりと持ちつつも、他人の意見や嗜好に配慮する姿勢も見られ、エレガントなオシャレ観が滲み出ています。

最後に、老後に向けたオシャレやアンチエイジングというテーマで締めくくることにより、オシャレが単なる見た目だけでなく、ライフスタイルや人生の質にも関わっているというメッセージが強調されています。この視点が、単なるファッションエッセイに深みを与え、読者に年齢を重ねる中での自己管理や美意識の大切さを考えさせられます。

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