記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

映画「響け!情熱のムリダンガム」感想

 一言で、インドの太鼓ムリダンガムを愛する若者が紆余曲折を経て夢を叶えます。演奏の迫力はもちろん、カースト・師弟関係・伝統芸能の継承の軋轢を経験しつつも、情熱で乗り越える主人公が格好良かったです。

評価「B」

※以降はネタバレを含みますので、未視聴の方は閲覧注意です。また、一部表記に「差別的表現」を含みますが、そこに中傷の意図はないこと、ご理解よろしくお願いします。

 本作は、インド伝統音楽の打楽器“ムリダンガム”奏者を志す青年が、 カーストや伝統芸能の承継に伴う軋轢などの困難を情熱で乗り越えていく、青春音楽映画です。
 『RRR』からインド映画の門を叩いたので、本作も鑑賞しました。

 原作・監督は、ラージーヴ・メーナン氏で、代表作に『ボンベイ』(’95年撮影監督)・『Minsara Kanavu』(’97年初映画監督)・『Kandukondain Kandukondain』('00年)等があります。本作は18年ぶりの長編監督作で本作で3作目です。※日本では、2018年の東京国際映画祭にて、『世界はリズムで満ちている』というタイトルで上映されました。

 音楽を手掛けたA.R.ラフマーン氏とはコンビを組んできた旧知の仲で、本作は『Kandukondain Kandukondain』に続くコンビ作となりました。ラフマーン氏の代表作には、『ムトゥ踊るマハラジャ』(’95)・『スラムドッグ$ミリオネア』(’08)などがあり、後者では第81回アカデミー賞にて作曲賞と歌曲賞を受賞しました。また、2009年タイム誌にて、「世界で最も影響力のある100人」に選出されました。通称、「マドラスのモーツァルト」と呼ばれています。

 本作は、東京・荒川区の南インド料理店“なんどり”が日本上映権を買いました。まさかの料理店が映画を配給したとは…驚きました!2022年春に実施したクラウドファンディングにて、目標額を大きく上回り、満を持して劇場公開になりました。
 ここの料理店、初めて知りましたが、インド料理は好きなので、ブックマークします(笑)ちなみに、南インド料理なら、ドーサとミールスが食べたいです。それにしても、ナンが主流の北インド料理店は多いのに、ライスが主流の南インド料理店は少ないので、もっとできてほしいです。

・主なあらすじ

 インド・タミル・ナードゥ州都のチェンナイ。インド伝統音楽で演奏される両面太鼓「ムリダンガム」職人を父に持つ青年ピーターは、映画俳優ヴィジャイ「推し」の映画オタクの学生でした。
 ある日、父の作ったムリダンガムを巨匠ヴェンプ・アイヤルが演奏したのを目の当たりにし、自分もその奏者になりたいという衝動で、師匠に弟子入りを志願しますが、身分を理由に門前払いされてしまいます。何としても彼に習いたい、そう感じたピーターは、試行錯誤して師匠に近づこうとしますが、同時に様々な障壁や困難にぶつかるのでした。タブーに情熱と敬意で 立ち向かった先に、彼が見出した物は…

・主な登場人物

・ピーター・ジョンソン(演- G.V.プラカーシュ・クマール)
 本作の主人公。ムリダンガムをこよなく愛する青年。映画オタクのお祭り推し活男でしたが、ある日ヴェンブ・アイヤル師匠の演奏の虜になります。是非師事したいと直訴しますが…

・サラ(演- アパルナー・バーラムラリ)
 本作のヒロイン。看護師で、ドイツ語学校の学生。ピーターの怪我を手当したことで、距離が縮まりますが…

・ヴェンブ・アイヤル(演- ネドゥムディ・ヴェーヌ)
 ピーターの師匠。伝統性を重んじる性格から、テレビ番組は視聴・出演しないポリシーを貫きます。最初はピーターの弟子入りを断ったものの、徐々に彼の情熱や実力の高さに気が付き…
 俳優のネドゥムディ・ヴェーヌ氏は、惜しくも’21年に73歳で御逝去されました。

・兄弟子・マニ(演- ヴィニート)
 ピーターの兄弟子。身分差を理由にピーターを足蹴りにし、弟子入り後も何かと嫌がらせを続けます。

・ナンドゥ(演- スメーシュ・ナラヤナン)
 ピーターのライバル。ハーバード大学院在学中のエリートで、叩き上げのピーターとは何もかも正反対の存在です。

1. 南インド古典音楽の世界が奥深すぎる!

 本作は、南インド古典音楽(カルナータカ音楽)を軸に物語が展開されますが、もうこの世界が奥深すぎました!
 ピーターが演奏するムリダンガムはカルナータカ音楽にて演奏される太鼓の一つで、両手でそれぞれの面を打つことで音を鳴らし、右手側の高音と左手側の低音を複雑に組み合わせることで、さまざまなリズムを奏でます。現在の形は木をくりぬいた両面太鼓ですが、名前の由来として、もともとは土(ムリド)で胴(アンガム)が作られていたからこの名がついたと言われています。

 まず、オープニングから太鼓のダイナミックなリズムが激しく響き、情熱の鼓動がバンバンと伝わってきたので、掴みは最高でした。驚音上映だったので、席が揺れるんじゃないかと思ったくらいでした。
 また、実際の演奏シーンでは、カルナータカの現役ミュージシャンが多数出演しています。また、臨場感を重視し、従来のインド映画にありがちな「古典音楽風」映画用楽曲ではなく、本物の古典楽曲をそのまま演奏して聴かせています。
 そして、カルナータカ音楽のセッションには、ムリダンガムなどの太鼓だけではなく、ボーカルやバイオリン・カンジーラ・タンプーラなどの楽器の存在も欠かせません。
 特に、バイオリンはイギリス統治下にインドに持ち込まれましたが、持ち方が西洋とは全然違っていて、バイオリンを膝の上に置いてネックを下の方にして弾きます。
 ちなみに、カンジーラはトカゲ皮のタンバリン、タンプーラはギターのような形状ですが、メロディーやリズムを奏でず、曲のバックでミョーンミョーンと謎のドローン音を奏でる弦楽器です。
 映画の中盤から流れるオーディション番組でも、沢山のカルナータカ音楽の楽器が登場します。ここでの演奏からは、古き良き伝統を受け継ぎつつ、その奏者それぞれ新しいものを生み出そうとする創造意欲がビンビンと伝わりました。
 正直、ここでは書ききれないほど沢山の楽器が登場するので、興味がある方は是非調べてみてください。

2. 脚本はシンプルなので、とてもわかりやすい!

 まず、本作はとにかく脚本はシンプルでとてもわかりやすいので、直球・どストレートな映画を観たい方にお勧めです。脚本のレベルは、ニチアサアニメ、夕方5時のゴールデンタイムのアニメのイメージですね。だから、万人が大差なく楽しめます。
 最も、「ストーリーがわかりやすい」というのは、インド映画の特徴の一つです。元々、インドは国土が広く、また州により言語が異なるため、万人が大差なく楽しめるよう、アクション・ラブストーリー・コメディ・音楽・ダンスなど、娯楽のあらゆる要素を混ぜ込んでおり、これらは《マサラムービー》( 混ぜもの映画 )と呼ばれているのです。言語の違いより、同じ原作で言語や役者の異なる映画が作成される状況も見られます。

 また、熱い成長物語を観たい方にもお勧めです。ジャンプやサンデー、マガジンなどに連載されるスポーツ系少年漫画やディズニー映画っぽさはありますね。個人的には、『アラジン』と『リメンバー・ミー』と『犬王』を合わせた感じの内容でした。

 ちなみに、本作の上映時間は2時間10分と、インド映画の中ではそこまで長くはありませんが、一般的な映画からすれば「長い」かもしれません。しかし、本作は次から次へとエンタメ要素が散りばめられているので、全然飽きませんでした!

3. とにかく師弟関係が熱く、音楽や人間性について考えさせられる!

 本作は、とにかく師弟関係が熱く、また、音楽や人間性について考えさせられました。

 前者は、先生と職人という二人の「父(師匠)」から、息子へ熱い思いが継承されていたのが良かったです。
 最初は押しかけ女房のように師匠について回ったピーターですが、やがてピーターのムリダンガムへの献身的な姿勢に気づき、弟子達との練習に参加させます。
 師匠は、「伝統性」を重視しており、飽くまでも音楽の発表は演奏会に拘って、テレビ番組は視聴・出演しないポリシーを貫きます。当然、弟子達にはオーディション番組への参加も不許可でした。
 しかし、オーディション番組を観たピーターは、奏者達が「独自性」を持って演奏していることに気づきます。そのため、彼は師匠の言うことは大事、でも「それだけではない」かもしれないと心の中で葛藤します。ここでは、古きもの(伝統性)の継承と新しきもの(独自性)の発信に揺れ動く彼の心情が表現されていました。その後、紆余曲折を経て、彼は「自分の音楽の独自性」を見出します。産みの苦しみはあるけれど、それを支えてくれた、才能を伸ばしてくれた、ピーターと師匠との関係性には熱いものを感じました。
 太鼓職人の父は、ピーターに太鼓の作り方を教えつつ、ムリダンガムは、「一つ一つが違う」んだと教えてくれました。それぞれに魂がこもっている、それは人が作った太鼓をただ演奏するだけでは気づかないとも。

 後者は、音楽や人間性は果たして「外側」から判別できるのか、ということを問うています。「身分の低い奴が音楽なんてわかるはずがない」などと言われても、彼のムリダンガムや師匠に対する情熱は消えませんでした。つまり、何かを成し遂げることには、身分や地位、学歴などの「外側」よりも、性格や熱意、価値観などの「内側」が大事なんだよ、ということを教えてくれました。

4. 「推し活」と「ファンクラブ活動」が夢を叶える!

 本作、「好きこそものの上手なれ」な作品だと思います。
 ピーターは、学業よりも映画俳優の「推し活とファンクラブ活動」に夢中でした。インド映画公開日にはムリダンガムを持ち出して演奏したり、ストリートでフラッシュモブしたり、とにかく「今を楽しもう!」と、所謂「推し活お祭り男」を全力でやっていました。やはり、何かに夢中になることはそれだけで一つの才能だと思いました。
 また、「ファンクラブ活動」は、スターのスティタスを高めるために、ファンは献血や奉仕活動など社会福祉活動にも専念します。そんなファン達に、スターは交流の機会を設けてくれるのですが、スターと2ショットが撮れることもあります。「ファンクラブ会員証」も所持されているようです。

5. 本作は、「迷える子羊(若者)」の物語である!

 本作は、進路に悩む若者の、「迷える子羊」の物語です。
 作中にて、ピーターは「親の望む理想像と、子が望む未来が違う」という事態に直面します。その時家族はどう衝突し、そこから折り合いをつけていくのかが描かれています。
 ピーターは、親からは公務員になることを望まれるも、本人はその気がなく、試験を適当にやり過ごします。
 その夜、ファンクラブのグループ同士の喧嘩に巻き込まれて負傷し、夜な夜な手当してくれたサラに一目惚れして、彼女を追いかけてドイツ語学校へ行ってしまいます。最初は「おいおいストーカーかよ」と突っ込みましたが、長い目で見れば、彼が自分の道を探すのに、必要な過程だったのかもしれません。やはり、人から言われたことをただやっているだけでは成長しない、人間は失敗を繰り返して成長するものですね。

6. インドの社会問題も描くけど、暗い話ではない。

 本作の魅力は、深刻なカースト問題を扱いながらも、音楽を散りばめた娯楽映画も十分に楽しめるところです。所謂、「可哀想」や「不幸」がウリの「暗い」映画ではありません。

 まず、ジョンソン家は、南インドの改宗クリスチャンで、「ピーター・ジョンソン」という英国風の名前は、宗教ゆえでした。インドでは、ヒンドゥー教のカースト差別から逃れるために、キリスト教・イスラム教・仏教に改宗する人々が少なくないのです。
 ある時、彼と友人達はサラの病院にて輸血の必要な子供のためにドナーを引き受けます。その親子は南インドのタミル語ではなく、北インドのヒンディー語で話し、「アッラーのご加護がありますように」と祈ります。つまり、彼らはムスリムだったのです。ここは、インドの被差別層だったクリスチャンとムスリムが宗教を超えて助け合った瞬間でした。

 また、太鼓は「動物の皮」から作りますが、「皮なめし」の仕事は、インドのカースト制度の中では地位が低く、それにつく従事者は「不可触民」と呼ばれています。ヒンドゥー教における「穢れ」は、生き物の死や血液、皮や内臓、分泌物などから発生すると信じられていたからです。
 一方で、師匠のカースト地位は一番上の「バラモン」で、厳格なヒンドゥー教徒です。彼らは、寺に祀られた聖牛ナンディー像に演奏を捧げます。
 そのため、宗教や身分差なく「師匠と弟子」になることは、まず不可能なことでした。そのため、ピーターはマニや、番組の審査員達から嫌がらせを受け、遂には「嵌められて」、結果師匠には破門されてしまいました。
 そこで、一度街から出て頭を冷やすために、ピーターは父と一緒に父の故郷へ出かけました。その村では、農業を営み、のどかな暮らしを満喫しましたが、一方で田舎にもカースト制度による差別がガッチリあることに気づきます。そこで、彼は村人達と歌い踊り、ダリット(カースト被差別民)解放を叫んだのです。(個人的には、水田の中をフラッシュモブするシーンが、「クボタ」のCMみたいでした(笑))

7. オーディション番組やSNSでのバズり描写があるのは、今どきの作品。

 本作では、テレビでオーディション番組を放送し、その優勝者をSNSにて予想する、という下りが何度もありました。初戦から決勝戦になるに従って、優勝者予想でSNSがバズっていくのは、今どきだなぁと思いました。

8. 多民族国家インドをこれでもかと言うほど、堪能できる!

 作中にて、師匠に破門され絶望したピーターに、サラはこう言葉をかけます、「師匠は『人間』だけじゃないわ。周りにあるもの、自然も音も全てが貴方の『師匠』じゃないかしら?貴方の音楽」と。(一部、表記を変えています。)

 その言葉に感化され、ピーターはムリダンガムを手に、インド中を回り、「自分の音楽を探す」旅に出たのです。
 ピーターが行った地域は、ヒマラヤ山脈に近い北のジャンム・カシミール州とカシミール地方、東のバングラデシュに近いマニプール州・メガラヤ州、ミャンマーとの国境に近いミゾラム州(バンブーダンスはここ)、西のパキスタンとの国境に近いパンジャーブ州やラージャスターン州、南のケーララ州など、東西南北を縦横無尽に駆け回り、とにかくインドの色んな地域の太鼓について、研究に研究を重ねました。そのため、ロードムービー感が強く、本当にインド旅行に行ったように感じました。
 それにしても、インドは本当に多民族国家なので、言語・文化・風習・民族衣装・音楽・舞踊などの違いの多さに驚きます。
 特に、北のヒマラヤ近くは豪雪地帯ですね。インドは、日本よりも緯度は低いので、一見すれば常夏の国のように見えますが、実はそうではなく、日本以上に気候がハッキリと分かれていています。

 それにしても、インドは陰キャには厳しい国ですね(笑)。というか、「陰キャ」という概念すら無さそう。
 映画館はいつも応援上映みたいにみんな熱狂していて、道を歩けばどこかで音楽隊が演奏しているし、突然フラッシュモブが起こって皆がノリノリになる国なんですね。

 いつか有名なインド映画である『バーフバリ』や『ムトゥ踊るマハラジャ』、『スラムドッグ$ミリオネア』も観よう。配信も良いけど、やはり観るなら、大画面が良いな。(これまでもやっているだろうけど、)またリマスター版上映やって欲しいです。

出典: 

・映画「響け!情熱のムリダンガム」公式サイト
(ヘッダーは公式サイトより引用。)

・映画「響け!情熱のムリダンガム」公式パンフレット

・ムリダンガム Wikipediaページhttps://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%83%AA%E3%83%80%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%A0

・かのうクリニック世界の民俗楽器と伝統音楽 ~インド~ R2年http://www1.s2.starcat.ne.jp/kanocl/subHP/ishikai/minzoku_india.htm