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新規事業家必読の書。よろずや平四郎活人剣 藤沢周平著

神奈平四郎は武家の出だが妾腹の子で冷や飯食いである。家に居場所がないので浪人となって知人ふたりと剣術道場を開くことにした。ところが初っ端からそのうちのひとりが金を持ち逃げして道場開きが頓挫する。そんなところから物語が始まる。
 
平四郎食うに困ってひらめいたのが揉め事仲裁屋というアイデアだった。小は夫婦喧嘩から大は借金取りの対応まで。剣と口が達者なことから思いついた仕事だったが一向依頼が来ない。
 
江戸後期を舞台にした娯楽小説で、昭和に書かれた新聞小説をまとめたのが本書である。そんな仲裁など仕事になるものかとみんなから言われてもへこたれない。しかし空腹に困りながらも都度仲間が仕事を斡旋してくれたりなんやかやと少しずつ少しずつ仲裁屋として体をなしていく描写が面白くも味わい深い。
 
これがさしずめハリウッド映画なら成功一直線の軌跡みたいなことになるが、まさに紆余曲折揉め事で金をはらって仲裁を頼もうなどというひとはそうそう現れないのがいい。つまり実に本物ぽいのである。
 
なるほど世の中は信用と実績で出来ている。だから信用も実績もなければ仕事が来ないのは当たり前である。そんなの当たり前だよなどという雇われ者の言葉など意味がない。それは真にその当たり前に直面している者だけが当たり前をしみじみと理解できるのである。
 
労多くして実入り少し。或いはまったく無報酬でも人情で動く。そんな遠回りが実はほんとうであるとこの小説は言っている。なにかとコスパだタイパだとうるさい令和の現代こそ読まれるべき本であろう。すぐに鯉口を切るしお色気もある。一級のエンタメ小説だから分厚い上下巻だがあっという間に読めてしまうよ。

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