東京他人物語 「天使のねがお」

三週間に一度会えればいいほうで、たいてい場所は俺の家。部屋番号だって知っているはずなのに、駅に迎えに来て、と言う。彼女は多分、サークルの友達の、友達だったはず。まあ忘れたし、まあそんなことはどうでもいい。緑の板ガムが好きで、いつもふにゃふにゃ噛んでいたから、待ち合わせはミントの香りがした。506号室。6畳1K築5年の俺の部屋は、決して汚くは無いけれど、これといった特徴のない殺風景な部屋だった。彼女がやってくるとそんな部屋も華やぎ、少し明るくなった気がした。猫っ毛と、綺麗に並んだ顔のパーツ。三日月みたいに細い体。変なTシャツ(赤い刺繍で、胸元に漢字で河童とか)を着ていても、いちばん可愛いのは、彼女だった。左の脇腹には、変な顔をした天使のタトゥーが入っている。好きな本の挿絵らしく、お気に入りなの、と細い指で、撫でていた。彼女には好きな男がいて、詳しく話を聞いたところ、かなりひどい男だったので、「やめたほうがいいんじゃない」と言ったことがある。「確かにひどい男かもしれないけど、それは、彼が私のことを好きじゃないから。単純に、私、その程度だから。彼だって、好きな女の子には、とびきり紳士で、良い男なはずだよ。私のこと好きじゃないだけ。」と笑っていた。なんか、俺が泣きそうになった。「そんな男やめろよ、妥協して俺にしとけよ」とは冗談でも言えなかった。知らなくても済んだろうにってことを沢山知っていた。たった一度だけ、酔っ払って、泣きながら俺の家に来たことがあるけれど、それ以外はいつもニコニコしていた。俺がムカついた話とか、愚痴を言うと、かならず「それはあんた偉かったねえ、偉いよ。偉い」と一生懸命(ふりかもしれないけど)話を聞いてくれた。彼女の寝顔は、それはそれは可愛くて、冗談抜きで天使だと思う。世界一可愛いんだよな、と友達に言ってみたら、お前そろそろ馬鹿じゃねえ、と言われた。本当は真面目で、優しい女だ。わざとワガママ奔放女のふりをしている。素直じゃないだけさ。他の男は知らないだろうけど。俺だけが知っていればいいんだ。


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