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A Northern Soul: どん底の子どもたちを、アートとカルチャーが救う

ブレグジット(Brexit)は、なぜ可決されたのか。映画的文脈でとても単純にいうと、それは八方塞がりの生活を強いられている労働者階級の人びとの、革命をもとめる声の集結である。

自分たちの苦しい生活をなんとかしてくれ。古き良きイギリスを取り戻してくれ。ヨーロッパ連合に多大な金を払っているだって?冗談じゃない!そんな金があるのなら、俺たちに使ってくれ。

ケン・ローチ監督の『わたし、ダニエル・ブレイク』(2016)は、まさに八方塞がりな主人公の、坂を転げ落ちるような人生を描ききって、カンヌ映画祭でグランプリまで受賞した。そして、生活に絶望するラストベルトの労働者が、トランプに投票したように、彼らのような貧しい労働者階級層が、ブレグジット賛成投票をした、ということになっている。

A Northern Soul(2018)はこの、『わたし、ダニエル・ブレイク』と、似て非なる作品である。主人公の窮状はおなじだ。主人公のスティーヴは、オンコールワーカー(Zero-hour contract worker)と呼ばれる、必要なときだけ呼び出される時間労働者。二度目の離婚後、母親と一緒に住んでいる。十九日間休みなしで働いても、借金は返せない。ついに破産の憂き目にあう。

ちなみにこの映画は、ドキュメンタリーである。つまり、実話だ。身体じゅうにスティーヴが入れている入れ墨のひとつは、ユニオンジャック(イギリスの国旗)。かれも、古き良きイギリスに、幻想をもっているのだ。

スティーヴが悲劇の主人公にならないのは、かれが、アートとカルチャーが世界を救う、と思っているからである。ハル(Hull)というイギリス北部の街の文化補助金をゲットしたかれは、バスを移動スタジオとして、身体の不自由な子どもたちに、ラップの自己表現を教えてまわる。希望ゼロの世界に、希望の光をさしかけるために。子どもは未来だ。

もちろん、子どもたちを教えることは、本当はミュージシャンになりたかったのに、現実には苦しい日雇い労働をつづけて借金で首がまわらない、自分のための活動でもある。生活はこんなに苦しいけれど、でも音楽で自己表現しよう!と、子どもたちに教えることで、芸術家になりたかった自分の欲求も、満たしていることはいうまでもない。

かれが教えるのは、ラップ。A Northern Soulのすてきなところは、貧しい生活の絶望感と悲劇性が、生き生きとラップの練習をする子どもたちのエネルギーによって、明るく弾ける映像に、転化していることである。

さびれた地方都市の労働者階級の人びとの生活に、希望を見いだすことは、むずかしいかもしれない。でも、そこで気持ちも埋もれてしまったら、本当に希望が何もなくなってしまう。どん底の人生でも、そこに自ら希望を見出そうとすること。

自分のマインドを、チェンジすること。

アートとカルチャーの力を、信じること。

映画学校に行きはじめる前は、自分が働きたくなくて、何年間も失業手当で食べていたという、ショーン・マカリスター監督。鳴かず飛ばずの労働者が、賞をもらえる映画監督に、自分のライフ・ストーリーを変えたのは、かれ自身のマインド・チェンジが、あったから。

貧しい現状を描く映画にしたくなかった、とロンドン大学クイーン・メアリ校のトークにきたショーン・マカリスター監督はいう。

希望のない状況のなかでも、自分で希望を見出そうとすること。それが自分のメッセージなのだと。

(写真はショーン・マカリスター Sean McAllister 監督)

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