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【1分で読める小説】 その6 父の鉛筆線

「道雄、今日は泊まっていきんさいね」母の勧めに僕は「チャッチャと片づけてすぐ東京に戻るよ」と返事した。父の遺品整理を頼まれたのだ。勘当同然で家を飛び出して以来、帰省は9年ぶりだった。冷徹な科学者らしく、父は遺影まで真面目くさった顔で写っていた。

二階の書斎には煙草の匂いが染みついていた。どの本にも几帳面に鉛筆で傍線を引きながら読んだ形跡がある。「おや、この本は」姓名判断?占いなど信じない父にしては珍しい。何度も開いたようなページが一箇所だけあり、そこにも線はあった。しっかりと力を込めた線だ。

道雄 画数良し。信念を貫ける人間 そばには掠れた走り書きも。「2012年3月24日、道雄、旅立つ」か…。駅まで見送りにも来なかったくせに、何だよ。それから全ての蔵書を丁寧にめくってみたが、あとはもう物言わぬ鉛筆線が続くばかりで、父はどこにもいなかった。

最後に一言だけ、父と話せたら何を話しただろう。そんなことをぼんやりと考えた。一階に降り「やっぱり泊まってくけん」と母に告げた。春の陽ざしの中、父の顔は相変わらず真面目くさっていたが、さっきより少しだけ微笑んでいるように見えた。

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