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ウィーン国立歌劇場の壁を眺めて考えたこと 〜挫折の多さは悪いこと?

パワハラによる休職から復活して3年、私は再び休職しました。その間に2度異動し、昇格して部下ができ、DV夫と暮らす家を出て別居期間を経て調停をして離婚が成立しました。物事は前に進んでいるはずなのに、なぜか停滞すしたのです。主治医には昇格と離婚の心労が重なったと言われました。パワハラ上司から逃げれば、DV夫から逃げれば、普通はハッピーエンドではないでしょうか? どうも物事はそんなに簡単には進まないようでした。

3カ月程休んで職場復帰をしましたが、重い仕事は増える一方で同僚も意地悪でした。休職中に読んだ村上春樹の『騎士団長殺し』でウィーンへの憧れを強くした私は、主治医に相談してGWを利用してウィーンに行くと決めました。そうでもしないとこの閉塞感はやりきれません。

復職明けの身で海外旅行はやはりこたえて、たびたびホテルに戻って休息しながらの観光が精一杯。ひとり旅をしていると自問自答する時間が増えます。どうも私は人より挫折が多いのでは?

小学校の不登校から復活して中高は優等生だったのに大学に進学したと思ったら中退。苦手を克服するために就いた仕事にようやく慣れてきたと思ったらDV。DVから逃げて職場に居場所を作ったと思ったらパワハラ。パワハラから逃れて異動したのに仕事がハードになってふたたび休職。そして離婚したというのに体調は一向に改善しません。

私は運が悪いのでしょうか?しかし不運という言葉で片づけるのもなにか違う気がします。

ところで、ウィーンと言えばウィーン国立歌劇場です。私はミーハーなので、日本にいるうちにとりあえず『セビリアの理髪師』のチケットを予約しました。驚くほど安い席が一枚残っていたのです。

そして当日、歌劇場に足を運んで二度驚きました。3階ボックス席のつもりで行きましたが、最後方の私の席からは立ちあがって下を見降ろさないと舞台が全く見えません。いえ、見下ろせば舞台もオーケストラピットも見渡せて音楽もよく聞こえて特等席とも言えますが、なにしろ私は休息をはさまないと観光もできないような虚弱さ。とても身が持たないのです。

やむを得ません。私は座って音楽を聴くことにしました。目の前には劇場をはさんだ向かい側の壁しか見えません。言葉もわからないので何が起こっているのかさっぱりわかりません。豪華な壁を見ながら、スペインを舞台にしたイタリアのオペラをオーストリアで聴く。いったい私は何をしにウィーンまで来たのか、異邦人情緒を味わって心細くなるには格好のシチュエーションです。

舞台は2幕で2時間半以上。あまりに長いのでつらつら自分のことを考え始めます。どうして人より挫折の数が多いのか、の続きです。

…でも、這い上がれてはいるよね。

一つ一つの事象を取り上げてみると、不登校からも復帰したし、大学中退からも挽回したし、DVの夫からもパワハラの上司からも逃げられました。

…前に進めているから新しい挫折が経験できているということでは? 立ち止まっていたら新しい経験はできないし。

オペラ効果なのか、やけにポジティブな見解が出てきました。ひょっとして、挫折の多さは這い上がり力の証明? レジリエンス的な??

考えてみると、立ち止まってしまうとそこで貼られたレッテルはずっと残ってしまいます。私にも例えば、「不登校経験者」のレッテル1枚で生きていく人生があったのかもしれません。ですが、その上に「大学中退」とか「DV被害」とか「パワハラ被害」といったレッテルの上書きが増えると、正直言って目先のトラブル対応で精一杯で、不登校のレッテルは目に入りません。何かのきっかけで立ち止まった時に「不登校」もあったなと思い出すだけで、日々仕事をしていて「やっぱり不登校経験者だからうまく働けないんだ」なんて全く思わないのです。

それって悲惨なことなのでしょうか。色々な考え方があると思いますが、個人的な見解を述べれば、40歳を過ぎて不登校のトラウマを引きずるくらいなら、レッテルだらけの体で生活していく方がましです。みっともないかもしれませんが、少なくとも前進しています。

幕が下りて、私は赤い内装のボックス席を後にして観客でごった返した入口に向かいました。オペラはさっぱりわかりませんでしたが、「挫折が多くても這い上がれているんだったらいいんじゃないかな?」と思えた感覚は今でもあの赤い内装とともにくっきり覚えています。だからウィーン国立歌劇場は思い出の地。次に行くときはもっといい席で観たいですが。

#休職 #復職 #パワハラ #離婚 #不登校 #挫折 #DV #ウィーン国立歌劇場 #ビジネス


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