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【聞こえないフリをした過去】消防士時代の話

「僕これからどう生きていけばいいですか。」

中学2年生の男の子の口から出た言葉。

それに対して20歳の千葉は何も言えなかった。


20歳の初夏。
小児の心停止現場を経験し、落ち込んでいようが
日々の出動は待ってくれない。

初夏の心地よい暖かさ
訓練をしているとじんわりと
汗ばんでくる季節。

13時から15時までの定期訓練を終え
「だいぶ汗かく季節になってきたな!」
なんて先輩と話しながらTシャツを替えていた。

その日は午前中も出動があり、昼からは訓練。
自席について事務作業を行うことがほぼ
できていなかったので着替えながら

「早く事務やらないと今日も徹夜だな」

なんて考えていた時だった。

「千葉!!出動入るよ!!」

わざわざ更衣室まで先輩が呼びに来る。
一瞬ドッキリなんじゃないかと疑ったが
直後に指令音が鳴り響く。

いつも通り救急車に乗り込み
どんな人相手にも心臓マッサージをする
覚悟はいつでもできていた。

「30代男性。ベットの上で息をしていないとの
息子からの通報。どうぞ。」

30代と聞いてすぐに若いなと思った。
その時はそれくらいの事しか考えていなかった。


現場に着き玄関に入っていくと
市内中学校の指定ジャージを着た男の子が
目の前に立っていた。

その時に初めて通報は息子からという情報を
思い出した。

「お父さんはどこにいるかな?」
と聴くとボソッと少年は答えた。
「こっち…」

移動しながら男の子に
「お母さんは仕事かな?」
と聴くと母親は居ませんと答えた。
「お父さんと2人暮らしかい?」
と聴くと男の子は無言で頷いた。

離婚なのか死別なのか
すぐに聞く勇気はなかった。
話を聞くと叔母がいるとは言っていた。

案内をされて寝室に向かうと父親らしき男性が
ベットで横たわっていた。

この子の唯一の家族ということが頭をよぎる。

なんとしても助けなければという思いだった。




すぐさま救命活動に入り体に触れた瞬間

「あ…」と声が出た。

救命の見込みがないことを悟ってしまった。



完全にその父親の体は冷たくなっていた。
死後硬直もしていたし死斑と呼ばれる
亡くなって時間が経った時に現れる模様も
出ていた。

隊長は淡々と言う。
「死亡判定しようか」
基本的には医者しか死亡判定は出来ない。
しかし救急隊にもできる場合がある。

その要件に合致していたのだ。

要件を満たした瞬間に救命処置は終了する。
病院に搬送することもない。

あとは警察を呼び、現場を引き継いで帰る。

淡々と活動を進めていたとき
ふと中学生の男の子を見た。

泣くわけでもない
悲しみも感じない
動揺すら感じさせない

限りなく無の感情で男の子は立っていた。

"絶望"

この2文字の言葉が擬人化したような
立ち姿だった。

いつも通りに学校で授業を受け
いつも通り家に帰宅した少年に
突然降りかかる絶望

その少年にかける言葉が出てこない。
ただ無言で警察が来るのを待つ。

不気味なほど無音の部屋の中
先輩たちも一言も発さない。
そんな異様な空気が流れていた。

数分もしないうちに叔母が駆け付けた。
活動の途中に隊長が現場に来れるか
連絡していた。

叔母に現状を伝えている最中に
叔母が来て少し安心したかな?と思い
また少年の顔を見てみた。

変わらず無表情だった。
少しうつむいた状態で1ミリも動かない。

そんな姿を見たときに千葉は
「この子はこの先どうやって生きていくんだ。」
ということを考えていた。

中学2年生でいきなり家族を失い1人で
生きていくなんて不可能だ。
叔母にお世話になれば良いかもだが
そんな簡単な話ではない。
この子の学費問題も出てくる。

モヤモヤしていると警察がきた。
警察に引き継ぎ現場を引き揚げようとした時

「僕これからどうやって生きていけばいいですか」

という言葉がボソッと聞こえた。

その現場で一番若く、一番少年に話しかけたのが
千葉だったから千葉に言ってきたのだと思う。


何も言えなかった。
だから聞こえないフリをしてしまった。


最低だとは思うが逆にどんな言葉が正解??
どれも気休めでしかない。

消防士に何ができる?
一緒に頑張ることもできない
陰ながら応援するしかない

残された遺族にしてあげられることなんて
一つもない。
それが悔しかった。

聞こえないフリをしたこと
何も言えなかったこと
それが心残り


その後その子がどうなったのかは
誰も聞いていない。

そんな聞こえないフリをした過去が
今保険業に居る理由。

今なら遺族に
これからは千葉が一緒に支えるからね
頑張っていこうね

って言える。

保険に入ってもらうのが保険屋さんじゃない。

もし万が一の時に
本気で寄り添うのが保険屋さんであってほしい。
自分もそうでなければと思う。

元消防士だからこそ思います。



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