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第8話「魔法の工場」

前回、第7話「魔導師協会」

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 昼食の後、リンは再び協会の方に足を運んだ。

 師匠であるユインに挨拶に行くためだ。

 ユインの部屋は工場地区である10〜49階の上にある学院地区のそのまた上にあるエリアに位置しているそうだ。

 見習い魔導師である今のリンには立ち入ることが許されない場所だ。

 そのためリンがユインに会うためには、ユインの方からレインリルまで下りてきてもらう必要があった。

 協会の窓口で問い合わせてみると既にユインは控え室にいるとのことだ。

 リンは受付で行き方を聞いてから控え室へ向かった。

 控え室に入るとユインがいた。リンをこの塔に連れて来た時同様黒いローブに黒い帽子、黒い靴と全身黒ずくめだった。リンはここで初めてユインが協会の人間と同じローブを着ていることに気づいた。

「やあ、リン。無事試験に合格したそうだね」ユインがいつもの抑揚の無い声で話しかけてきた。

「はい。おかげさまで」

「ライジスの剣を発現したと聞いているよ。やるじゃないか。指輪を使ったのは初めてなんだろう?初めてでライジスの剣を出せる人は中々いないよ」

「……どうも。」

 リンは褒められたものの素直に喜んでいいものかどうか分からなかった。というのもユインの喋り方はいつもそうなのだが、どことなく皮肉を含んでいるように感じられるからだ。

 彼はあんまり感情を表に出さない一方で急に不機嫌になる気難しさがあった。

 リンは彼のこういうところが苦手だった。

「あの、それで今後のことなんですが……」

「ああ、悪いけれどね。君に構ってあげられる時間はないんだ」

 ユインはさも辛そうに溜息をついて言った。その態度は心から申し訳ないと思っている、というよりも有無を言わせぬ言い方だった。「事情を察しろ」と言わんばかりの態度だった。

「これでも私は結構忙しくてね。自分の研究もあるし、魔導師協会の職員としての仕事もある。君の学院試験対策に付き合っている暇はないんだよ。すまないが学院に入学するための勉強は自力で頑張ってくれたまえ」

「やっぱり師匠は協会で働いているんですか」

「そうだよ。君も薄々気づいているだろう?この塔に住んでいる魔導師は居住区や職業、肩書きによって色の違うローブを着ているということに。この黒いローブ。これは協会の職員に支給されるものだ」

「じゃあ、月に一回しなきゃいけない師匠への経過報告とあいさつは……」

「ああ、それもやらなくていい。考えてもみたまえ。月に一回とはいえいちいちレンリルに降りるのは結構手間のかかることなんだよ。塔の外に出張に行くこともあるしね。その度にいちいち互いの予定を調整するのはいかにも要領の悪いことだと思わないかね」

 ユインは物分りの悪い生徒に諭すような言い方をした。

「分かりました」

「さらに言うとだね。師弟関係というのは学校の生徒と教師とは違って、師匠が一方的に弟子を指導するというものではない。お互いに高めあうものなのだ。弟子は師匠から教えを授かるだけでなく、師匠の研究を発展させるために新鮮な視点や気づきを与えなければならない。そういう意味で君は弟子としての資格さえ備えていない。はっきり言って役に立たないんだよ。魔法文字も読めない者には課題すら出しようがない。せめて魔法文字くらいは読み書きできるようになってもらわないとね。話はそれからだ」

「はい。ごもっともです」

 リンはユインの嫌味の長さに内心うんざりしながらも失礼のないようにニコニコしながら頷いた。

「まあ、とにかくまずは学院に合格することだね。そうすれば君も90階アルフルドの街に出入りできるようになる。アルフルドなら私の研究室からもだいぶ近くなるしね。また学院に合格したら連絡してくれたまえ」

 それだけ言うとユインは立ち上がって部屋を退室しようとする。

「あっ、待ってください。師匠への連絡はどうやってすればいいんですか」

「ああ、それなら協会に聞きたまえ。私の部屋の宛先を教えてくれるだろう。ま、君が私の宛先を利用することはないだろうけどね」

 そう言うとユインはリンの方を見向きもせずにそそくさと立ち去った。



 リンはユインと別れた後、協会の受付で待ってくれていたテオと合流した。

「ごめん。待たせちゃって」

「いいよ。お前の師匠なんて言ってた?」

「テオの言う通りだったよ。忙しいから面倒は見れない。まずは学院に合格してからだって」

「やっぱりな。舐めやがって」

「師匠は僕が学院の試験に受からないと思ってるみたい」

「そうなのか?」

「うん。『君が私の宛先を利用することはないだろう』って」リンはしょんぼりしながら言った。

「お前の師匠も……何ていうか陰気な奴だな。気にすんなよ。」

 リンとテオは協会を抜け出して通りを急ぎ足で歩いた。次はリンがこれから働く場所、工場に挨拶しに行かなければならなかった。



 工場には至る場所にトロッコやエレベーターが設置されひっきりなしに物資が行き来している。自分と同年代の子もいればずっと年上の人もいる。彼らは皆、見習い魔導師のようだった。協会の人が言っていた一生見習い魔導師で終える人もいるという言葉が脳裏をよぎる。

 工場の責任者は黒いヒゲをボーボーに生やしたおじさんだった。

 黒いローブを肩にかけているが灰色の煤だらけでよく見ないと協会の人間とは気づかない。

「おう、君がリンか。協会の方から聞いているよ。君には荷運びをしてもらう。新米がやる仕事だ。ちょうど手頃なのが来たな。おいテオ。手本を見せてやれ」

「へーい」

 テオは杖を取り出すと、ちょうど今エレベーターによって運ばれてきた積荷の方に歩いて行く。積荷は重そうな金属の箱に包まれておりとてもじゃないが子供の腕力では持ち上げられそうにない。

 テオは荷物に貼られた張り紙を一読すると杖を向けて呪文を唱える。すると箱はフワリと浮かび上がった。さらにテオが杖を振ると、積荷は杖の指し示した先のエレベーターの方に加速して飛んでいく。積荷は直前で減速し、ゆっくりとエレベーターの匣内に着陸する。その後テオはエレベーターの方に駆けて行き呪文を唱える。

 エレベーターは積荷を乗せて上に昇っていく。

「ま、こういう風にだな、いくら魔法が便利だからといって、全部エレベーターに任せるわけにはいかないわけよ。荷物の行き先はそれぞれ違うからな。荷物が勝手に行き先を選んでくれりゃいいんだが、そういうわけにもいくまい。そこはある程度人力でやらなきゃどうしようもないわけだ。これを毎日ノルマ分やってもらう。ノルマは200個だ。ノルマを達成できなければその日は給料が出ないからな。次の日に残りをやってもらうまで出ない。ノルマを達成さえすれば帰ってもらっても構わない。学院の試験勉強もあるだろうからな。なるべく早く帰りたいだろう。早く帰りたければノルマをこなすことだ。ここまでの話は分かったか?」

「はい。大丈夫です」

「荷物は数十〜100キロの物もあるが、杖を使えば魔力を増幅させて運ぶことができる。杖なしで運ぶのはちょっと無理だな。よほど高位の魔導師でもない限り。まあお前には無理だ。杖は自分で買ってもらう。杖は魔導師にとって誇りのようなものだからな。こればっかりは他の魔導具と違って支給するわけにはいかん。というわけで明日までに杖を買ってくるように」

 というわけでリンはテオと一緒に杖屋まで足を運ぶのだった。


                   次回、第9話「賢い杖の選び方」

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