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自由詩

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リーディングや投稿・寄稿で発表済の作品を掲載します。
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#現代詩

花束

花束

僕たちはまだ互いに優しくなるやりかたを知らない
月曜朝8時13分発 特急京王線新宿行き 満員電車
脱毛サロンのモデルが口を半開きにしてこちらを見ている
誰かの舌打ちが聞こえる
サラリーマンの肩越しにライブ配信アプリの画面が見える

僕らは互いの心臓のありかさえ知ろうとしないのだ
夜道をこちらに向かってくる人の
左胸が白く発光していたのを覚えている
それは左胸のポケットに入れたスマートフォンの画面

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空と海の停留所

空と海の停留所



梅干しの種を舌の上で転がしつづけても
新しい果肉は生まれてこないし、
見損ねた映画のちらしを裏に表にひっくり返しても
新しいすじ書きは現れてくれない。
まぶしい停留所で電車がごとんと止まって、
向かいの窓がぜんぶ青い空と海になる。
いつもの地下鉄の駅から駅の長い時間のうちに
夕暮れの空の色の移ろいを見逃していることを思い出す。
開け放たれたドアからとんぼがついと入ってきて、
飛んでいく軌道に水

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瞳 ――ミュシャ「スラヴ叙事詩」展覧会から――

あまりにおほきく 見ひらくから
ふたつのくろめが
ごろんと こぼれおちさうだ
おまへが さうして おびえてゐるのは
おまへを見つめる わたしではなく
とどろきちかづく ひづめの音
松明の はじける音
草原をこがす 煙のにほひだ

わたしは ほかでも
おまへと目があつたやうな気がしたのだ
雪もよひの 灰色の空の下
おほきな教会が けぶる広場で
ききなれぬ あたらしい
みことのりを聞かされながら
着ぶ

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たたんたたん、たたんたたん、と
窓枠を指のはらで優しくたたく音が
規則を外れてやがて消える
対向列車の通過を待つあいだ
黄色く濁った菜の花が泡立ちながら殖えて
土手から頭の中まで覆いつくす

かつて恋人にしたかった人の
首すじをつつむ想像上の鱗を
くちびるでいちまいいちまいはがす
時折、喉の奥で声がくるしく詰まるのは
うっかり身体の中に溜めてきた水に
自らおぼれているからだと思いつく

モーターの

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