加藤右馬

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最近の記事

阪西敦子『金魚』30句撰

はじめに 阪西敦子氏の句歴は、幼少期から数えてなんと40年。自分の5倍近くのキャリアを積み重ねている大先輩だ。俳句界では大凡50歳あたりまでが“若手”とされる風潮にあるみたいだが、毎年の俳句甲子園審査員に加え、今年は北斗賞の選者も務めるなど、キャリアの上でも実力の上でもまさしく若手俳人のトップランナーと呼ぶに相応しい。 しかしながら、『金魚』はまさかの第一句集であるという。同年代俳人の何倍ものキャリアを重ねてきたにもかかわらず、これまで一冊も句集という形で作品を纏めることが

    • 鈴木総史『氷湖いま』40句選

      はじめに 鈴木総史氏とはちょっとした御縁がある。氏が星野立子新人賞を受賞した2023年の春先、私はちょうど自身の句作の行く末について思い悩んでいて、氏に多作多捨のパートナーをお願いした。お互いに評を入れ合ったりもしたので、そのときのフィードバックを参考にしつつ句作に活かし、まさかの一年後に私自身が氏と同じ賞に輝くこととなった。そんな先達の第一句集とあって、技術的な洗練には唸らされるばかりであった。また、私の技術不足によって星野立子新人賞の品位を貶めぬよう一層の修練を要するこ

      • 中西亮太『木賊抄』30句撰

        はじめに 何を置いても、まずは中西亮太氏の第一句集出版のお祝いを述べなければならない。謹呈を頂いてから数ヶ月越しということで、随分をお待たせしてしまって申し訳ない気持ちだ。 中西氏とは現代俳句協会の青年部でご一緒させて頂いている。私が初めて参加したときの勉強会(2021年1月31日・2月6日 第168・169回勉強会「2021句集読書リレー」)にご登壇されていて、Zoom越しに聳える本棚の威容から、どれだけ深い教養を持っておられる方なのかと思いを馳せていた。その後青年部の活

        • 松野苑子『遠き船』30句撰

          薄氷に縄文土器の模様かな 脚痙攣しつつ羊は毛を刈られ 草雲雀りりりと誰の恋敵 猫の恋巨大スクリュー影を生み 雪解けて甲骨文字のやうに草 鶯の鳴く方向よ正面は 吹雪く夜の密告の舌ならば切れ 出目金のいつもどきどきしてをりぬ 凍滝の全長光る木霊かな アロマ一滴硝子全面緑さす 灯の電車人を零してクリスマス 耳鳴りの呪文の中を去年今年 削げば刃に鱗飛びたる寒の晴 炎心の透明バレンタインデー 露の玉一瞬眩み分かれたる 点滴の管を流るるものに虹 夏落葉踏みて体の内の闇 らうそくを点け滝音

        阪西敦子『金魚』30句撰

          飯田龍太『百戸の谿』30句撰(+予撰)

           今年(二〇二三年)の五月一日、現代俳句協会青年部主催勉強会『飯田龍太の風景 他郷を故郷のごとく』にてパネリストを務めさせて頂いた。三月の半ばに飯田秀實氏(一般社団法人山廬文化振興会 )のお導きの下、「山蘆」にもご訪問させて頂き、貴重な体験となると共に、機会があればまた訪れたいと思った。なるほど「山蘆」は俳句をやるにはこれ以上ないというくらいの環境で、良し悪しはともかくとして湧き上がるように句が出来ていったことを強く覚えている。飯田蛇笏・龍太の魂が今でも「山蘆」に宿っているの

          飯田龍太『百戸の谿』30句撰(+予撰)

          街同人・西澤みず季 句集『ミステリーツアー』三十句撰

          雪の中少女のままで二百年 一族の顔吊られをり糸瓜棚 静脈に針全身が春の海 滴りの一打虚空にショパン満つ 新月の鋤鍬鎌や子を孕む 冬灯円錐形の中に馬 番号で呼ばれし漢風花す オリーブの切断面に父の顔 人恋うて肺の悴む音すなり 落款に真紅の卍花の冷 足元一村杏の花の海 太陽を追ひ詰め泰山木咲けり 鮠の腹裂くや夕虹溢れ出す 夏館森は夜中に迫りくる 夏つばめ緋の稜線となりにけり 砂場から乳歯一本敗戦忌 深雪晴「毒」のタンクローリー過ぐ 大時計逆回りして結氷期 調停の朝の寒紅定まらず

          街同人・西澤みず季 句集『ミステリーツアー』三十句撰

          岩田奎『膚』四十句撰

          千手観音どの手が置きし火事ならむ 耳打のさうして洗ひ髪と知る をりからの夜空の色の日記買ふ かんばせは簗の光のなかに泣く うつし世を雲のながるる茅の輪かな しりとりは生者のあそび霧氷林 榾の宿闇のどこかにオロナイン ぺるしあに波の一字や春の星 搔敷に油の移る花疲 バーベキュー森の何者からも見え 秋日燦川面をたばしりて去らず にはとりの骨煮たたする黄砂かな 煮るうちに腸詰裂けて春の暮 なかぞらに楚の消えて梅雨菌 十薬の斜面を貌の降りて来し 沙羅の花ひつかかりをる早瀬かな 赤い夢

          岩田奎『膚』四十句撰

          山河同人・小池義人 句集『星空保護区』20句撰

          行く春やカーブミラーの魚の目 黄沙降る対の駱駝の夢を見る 聴覚のたとえば野火の絡みつく 筆立てに金の耳搔き鳥帰る ラッパーの脛のほころび草青む 草餅や悪人面のパスポート 蟇交る金の蒔絵のボールペン 古民家の庭にハーレーあめんぼう 上る蟻下る蟻居てプラタナス 白地図の折目どおりに紙魚走る 緑陰や楷書のような手話を聴く 丁寧に長靴洗う沖縄忌 魚屋に道訊く秋の扇風機 エッシャーの水の自在や小鳥来る 山肌にショベルの歯型雁渡し レシートに釣銭包む秋湿り 館内にまわしを叩く音さやか よ

          山河同人・小池義人 句集『星空保護区』20句撰

          角川『俳句』二〇二三年一月号 柳元佑太氏『対話ー結社意識の変遷とハラスメント対策についてー』における形式面の失敗について

          本記事執筆の意図 角川『俳句』二〇二三年一月号に、掲載された柳元佑太氏の『対話ー結社意識の変遷とハラスメント対策についてー』(以下、当時評と記す)は、プロタゴラスとパイドロスという、プラトン対話篇の登場人物をクロスオーバーさせたパロディ形式を採用した時評だ。内容としては、明治以来の結社システムに由来する“俳句コミュニティ”の閉鎖性に言及し、その最たる現れとしてのハラスメント問題へと話題を展開している。そのトピックとしての価値は新規性にあるのではなく、手を変え品を変えて訴えてい

          角川『俳句』二〇二三年一月号 柳元佑太氏『対話ー結社意識の変遷とハラスメント対策についてー』における形式面の失敗について

          鈴木光影句集『青水草』私見

          先日、句集『青水草』を鈴木光影氏より謹呈いただいた。 遅ればせながら、感想と私見を述べさせていただこうと思う。 まず、身近なモノ・出来事の把握に光影さんの個性が強く表れていた。 自分自身のフィルターを通して世界を把握し、自分自身のことばで五七五定型に落とし込む姿勢こそ俳句の王道であると改めて実感した。  殖えてゆく鬼節分の雑踏に  遠足の列にいつしか紛れ込む  冷房を消しもう一人居るごとし  夏終る風力発電の白羽  垂るる柿己が重みに気づかざる  鯛焼の少し笑つてゐるらし

          鈴木光影句集『青水草』私見

          IRORI中村苑子『水妖詞館』鑑賞 ~遠景まで

          前書き  俳句オープンチャットIRORIにて、週次の中村苑子鑑賞をさせていただいている。週に三句づつなので進みはあまり早くないが、元より底知れない中村苑子の詩的世界に深く踏み込もうというのだから、ライフワークと捉え腰を据えるしかない。今回は、『水妖詞館』「遠景」の章までの観賞をまとめたいと思う。  同じく俳句オープンチャットIRORIでは「ゲッパチ読書会」という俳論読書会が行われていて、そこで坪内捻典『過渡の詩』の「書評-連作形態を追って」を読み、続いて渡辺白泉の『支那事変

          IRORI中村苑子『水妖詞館』鑑賞 ~遠景まで