中西亮太『木賊抄』30句撰

はじめに

何を置いても、まずは中西亮太氏の第一句集出版のお祝いを述べなければならない。謹呈を頂いてから数ヶ月越しということで、随分をお待たせしてしまって申し訳ない気持ちだ。
中西氏とは現代俳句協会の青年部でご一緒させて頂いている。私が初めて参加したときの勉強会(2021年1月31日・2月6日 第168・169回勉強会「2021句集読書リレー」)にご登壇されていて、Zoom越しに聳える本棚の威容から、どれだけ深い教養を持っておられる方なのかと思いを馳せていた。その後青年部の活動などでご一緒させて頂く機会もあり、「山河」の高野公一氏とも交流を持っていたことも聞き及んでいた。残念ながら公一氏の存命中に三人で座を共にする機会を得ることは出来なかったものの、中西氏とは今後とも末永くお付き合いしていきたいと思っている。

30句撰

朧夜やあたらしき膚できてきし
髪の毛と菜飯が口に入りけり
春眠やオリーブの葉の裏がへり
白魚の唇につかへて落ちにけり
掃く人の椿壊してしまひけり
老鯉の椿を喰つてゆきにけり
猛禽の影のぬらりと草青む
ささくれのキンとめくれて立夏かな
ちやきらやきと水飯喰ふを聞いてをり
柏餅カナダの滝の大きくて
金澤に開かれてゐる夏蒲団
石垣のちよつと低きに空蟬が
さつきまで泳ぎし水のまつ平
暗誦の一気に出づる百日紅
真緑の川十月の魚の群
挿し置きて表の決まる案山子かな
突き立てし案山子の襟を正しけり
蛇穴に入りて豆腐の花がつを
秋の蚊の志なく飛びゆけり
蟷螂の喰みたるものを抱き直す
仏滅のしづかに昏れし鬼胡桃
忘恩やぎんなんひとつ音打てり
ピラカンサ石碑の文字に苔あふれ
三寒に天狗の鼻の乾きけり
父親を跨いでゆけば霜柱
外套に入つて行きし童子かな
遠火事や肋浮き出る風呂鏡
すたすたと来てちよろちよろと煤払ふ
冬囲胸にがま口揺すらせて
寒鯉の口々に波起こしたる

所感

「円座」「秋草」「麒麟」という3つの結社を渡り歩いている中西氏の作風は、同世代とは思えないほどに完成されている。少なくともまだ駆け出し感の抜けきっていない私などにはそのように思える。方法としての写生に根を下ろしながら、どの句にも確かな主観の匂いが立ち込めている。その匂いを消しきってこそ一流の俳人、という観方も出来るかもしれないが、寄物陳思を一つの究極とするのであれば、中西氏はその道のりを着実に歩んでいるし、今回の句集は十分に中西氏の句業の成果といえるのではないか。
時間の操り方や副詞の使い方、オノマトペといった技巧の面でも、十七音に無理なく収まる舌触りの良い句が多くを占めながら、たまに舌足らずな句が挟まってアクセントになるなど、読ませ方も自家薬籠中の物のように思えた。内容面でも、全体を俯瞰しながら対象の読みどころを抑えた句、もしくは自身の情感を載せていける句材を選んでいるという印象を受ける一方、執拗に対象を追い回したような句も混ぜ込められており、抑揚や呼吸と言った面でやや一本調子な第一印象に反してバリエーションも多彩だ。
また、各結社主宰による跋文でも触れられていた通り、季語(またそれに準ずる句材)との間の距離の取り方、一句を破綻させない言葉選びなども巧みで、掲載句の平均レベルは相当高いと思える。
同世代にしてこれだけの完成度を誇るというのは正直羨ましい限りだ。一層精進していかなければと思うと同時に、自分は生涯青臭いままなのかもしれないと思ってもいる。

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