阪西敦子『金魚』30句撰

はじめに

阪西敦子氏の句歴は、幼少期から数えてなんと40年。自分の5倍近くのキャリアを積み重ねている大先輩だ。俳句界では大凡50歳あたりまでが“若手”とされる風潮にあるみたいだが、毎年の俳句甲子園審査員に加え、今年は北斗賞の選者も務めるなど、キャリアの上でも実力の上でもまさしく若手俳人のトップランナーと呼ぶに相応しい。
しかしながら、『金魚』はまさかの第一句集であるという。同年代俳人の何倍ものキャリアを重ねてきたにもかかわらず、これまで一冊も句集という形で作品を纏めることがなかった。『金魚』には過去40年分のエッセンスが凝縮されていて、非常に読み応えのある句集という印象だった。それでも二〇一七年から二〇一八年にかけての欠落があるというし、句集編纂にあたって落とされた句の中にまだまだ佳句が眠っているのではないかという期待感もある。5年とまでは言わないから10年以内には是非とも第二句集を読みたい。

30句撰

惜春の女の多き車両かな
空蝉の本当によく出来てをる
部屋ぬちに香の乾きをり葛の花
口笛を鮒に喰はせてそぞろ寒
降る雪や口ついて出るアヴェ・マリア
あをあをと覚めあをあをと蒲団干す
打ち寄する藻屑桃色神の旅
唐揚の影おそろしき涅槃かな
三月のトランプ引くも引くも赤
もの拾ふときの暗さよラベンダー
人間に背骨ありけり揚花火
スカートが赤くて泣いた日の盛
額いつも日に囚はれて空つ風
初茜マンボウは何かの途中
こちら向く水仙の香であるらしく
しどけなく自動ドア―や春の雪
菫すみれいつも走つてゐるわたし
碁は昼のもの花桐は夕のもの
腹巻や人よりすこし働かず
団栗の光を奪ふやう握る
陸搔きて鴉の恋のはじまりぬ
片側はランタンの灯に照るキャベツ
死してなほ縞笑ひをる藪蚊かな
小包の文字密にして霧匂ふ
ラグビーの胸ラグビーの脇の下
秋蟬を分かちてスワンボート来る
ささくれの白々立てる小春かな
蒲団干しあり謎ときは刻々と
轟々と鼻すぢ通る朧かな
オリーブの香の玄関を駆け抜けて

所感

句集全体ではまとまりのある句が多く、ラグビーを始めとした句材への思い入れや拘りも感じることが出来た。撰には挙げていないが、「煮凝をとらへて匙のたのしさよ」からはどことなく星野立子の面影を感じるなど、師系(ホトトギスらしさ?やや大雑把な捉え方だが・・・)の匂いも漂っていた。だからといって技巧に終始するわけではなく、展開の飛ばしや謎を含んだ句も見受けられ、抑揚のある読みやすい句集だった。例によってこの撰が句集の特徴を捉えているとは思いづらいが、視点の切り方に面白味を感じたものや、発想の飛躍、心境の乗った表現の含まれた句を挙げてみたつもりだ。40年の濃縮還元は伊達じゃないな・・・というのが主だった感想だ。

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