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【バックパッカー】ポーランド🇵🇱ワルシャワ、アウシュビッツ編

こんにちは。チェルです!
私は、仕事を休職しバックパッカーを始めた27歳です。

筆者が訪れた旅行先を備忘録として紹介しています。
バックパッカーや海外旅行に行ってみたいけど不安💦
という方の役に立てれば幸いです!

今回はポーランドに行ったので、そこでの様子をご紹介します。
後半では筆者が実際に訪れて分かったことや、リアルで感じたことを伝えています。なのでぜひ最後まで読んでみて下さい!


旅の行程

今回は、ポーランドにある2つの都市「ワルシャワ」と「クラクフ」に行ってきました。
ワルシャワに2泊、クラクフに2泊です。

チェコ🇨🇿〜ポーランド🇵🇱 までの移動

Googleマップ引用

プラハ〜ワルシャワまではFlixBusで10時間(約6,700円)

久しぶりに10時間のバス旅。
この長時間を乗り切るコツはなんといっても、、、

寝ることです!

いかに乗車する前に疲れとくか、早起きをして眠くなっておくかが大事です笑

1人で旅をしているので、話し相手や暇つぶしが限られています。外国とはいえ、みんな大概は車内では静かに過ごしているので音を立て辛いです。

なので1番は眠ることです。

バックパッカーを通して体や精神面が鍛えられたので、今では10時間のバス旅もへっちゃらに!


ポーランド 首都 ワルシャワ

◯ワルシャワ観光

1.聖十字架教会

迫力があります!

まず最初に訪れたのが「聖十字架教会」です!

ここは、あの超有名作曲家フレデリック・ショパンの心臓が眠っている教会です。

ショパンは、ワルシャワ出身で39歳という短い人生でこの世を去った偉人です。

彼の遺言には「自分の心臓はポーランドに」とあったため、故郷であるワルシャワのこの教会に安置されました。

教会は無料で見学することができます!

しかし、サンダルやハーフパンツ、露出が多い格好では入場を断れることがあるのでご注意⚠️


2.ショパン博物館

街に溶け込んでいるので見逃し注意!

私がワルシャワで1番訪れたかったのがこのショパン博物館。

ヨーロッパとクラッシックは切っても切れない関係。
なので行けるところはできるだけ行こうと決めてました!

  • 営業情報
    ・入場料:22ヅオチ(約880円)
     →水曜日は無料
    ・営業時間
     →10:00〜18:00
    ・定休日 月曜日

チケットは現地でも購入可能です。
お買い求めの際は、博物館入り口下にあるチケットブースへ!

無料日の水曜日は、チケット購入は不要ですがチケットは入場の際に必要なので、チケットブースでもらって下さい⚠️



いざ中へ!

ショパンのピアノ

幼い時に実際に使用していたピアノです!

実物が見られるとワクワクします!

子供用ということもありけっこう小さいです。
私はピアノに詳しくないのですが、なぜ後部がとても長いのかが不思議でした笑


ショパンのピアノ2

こちらはショパンが最後に使用していたピアノです!

現在のピアノよりも装飾が多く、色合いが茶色で柔らかい印象なので個人的にはこちらのが好みです👍🏻

先ほどの幼少期に使用していたピアノは、ガラス越しで見ることができるのですが、こちらは近くに行き間近で見ることができるので、他の方に邪魔にならない程度にジーっと眺めてしまいました笑

こういった当時のものが現存して、後世に受け継がれていくことに感謝と感動をおぼえます😭


博物館の最後の方にはタッチパネルで、ショパンの作曲秘話や説明などを実際の曲を聴きながら日本語で読むことができるので、おすすめです!

私は、ついつい時間を忘れて夢中になってしまいだいぶ長居してました笑


3.ワルシャワ王宮

天気のいい日はサングラス必須🕶️

ワルシャワのシンボルワルシャワ王宮!

広場の正面にドーンと建っているので迫力があります!
全面煉瓦造りで上部には球体の柱。

他で見たことのない王宮だったので、印象に残っているます。

王宮の近くにある石柱も装飾やデザインがかっこいいのでぜひ見てみてください!


実はワルシャワの街は第二次世界大戦の際に、約80%以上が壊滅状態になってしまったのです。

しかし、ワルシャワ市民は戦後すぐに、残っていたスケッチや歴史的絵画を参考に復旧始めたそうです。

「レンガの割れ目1つに至るまで」という強い意志で復旧すること約10年、旧市街の大部分は元の姿を取り戻すことができたそうです!

その甲斐あって1980年にワルシャワの歴史地区、旧市街は世界文化遺産に登録されたそうです!


こういった時代背景を知るとより、観光するときの見方や感じ方が変わってきますね🤔

私は、歴史に興味があるのでどうしてもこういった事情を無視せず、色々なことを考えてしまいます。



王宮の近くにある旧市街広場も、可愛らしいデザインの建物が並んでいるので、こちらも是非足を運んでみてください!

レストランや市場があります🍽️

ワルシャワ〜クラクフまでの移動

295km(東京〜岡崎市までの距離と同じくらい)

ワルシャワ〜クラクフまでFlixBusで3時間半(約1,800円)

今回も順調に乗車!


古都 クラクフ

織物会館

次に訪れたのがポーランドの京都と言われる「古都 クラクフ」

クラクフの旧市街には、中世の建物がそのまま残っているためそう呼ばれています。

歴史的な建物とかわいらしい建物が融合している街。

オシャレなレストラン街🍽️

私がこの街を訪れた理由は、綺麗な街並みや文化を体験するのもそうですが、、、



1番は





・アウシュビッツ強制収容所

クラクフからアウシュビッツ強制収容所までは電車かバスで行けます。

電車の場合は片道1時間(約600円)。最寄駅から徒歩で20〜30分ほど。
最寄駅からバスも出ています。

クラクフ〜アウシュビッツ行きのバスは乗っていないので詳細不明。
時間帯によりますが、見た感じバスはとても混雑するのでご注意⚠️

改札はないですが車内で確認されます
最寄駅


私は高校生の頃、修学旅行で広島平和記念資料館に訪れました。しかし、当時の私は展示物から目を背け、見ることができませんでした。

数年後、長崎原爆資料館に行った際も、私は見ることができませんでした。

そういった経緯があり約10年後の今「今度こそは、そういった物から目を背けずに受け止める」という覚悟で自主的にここに訪れました。


アウシュビッツ強制収容所とは、1940〜1945年の間ドイツが国家をあげて推進した人種差別による絶滅政策(ホロコースト)によりできた史上最悪な収容所。

5年間で約150万人の人が殺されたそうです。

あまりにも残忍なことをしていたため正確な人数を把握することは不可のだそう。


現在では、その場所を見学(入場)することができます。

私はきちんと学びたかったため、アウシュビッツ強制収容所唯一の日本人ガイド「中谷 健」さんにお願いしました。

とても著名な方なので事前予約(遅くても1週間前)をおすすめします。

予約する際は、予約ページなどはないのでメールでのやりとりになります。tnakatani1966@icloud.com

私は、1週間前に連絡をしなんとか参加することができました。

約3時間のガイドツアー
ガイド料+入場料で150ヅオチ(約6,000円)

入り口

入場する際は、必ずガイドが同行。更に、入国審査並みに厳しい荷物検査+パスポート及び身分証明書の提示が必要です。

なぜここまで厳しいかいうと、テロ対策。

やはりあのようなことが起きてしまったため、テロの可能性がどうしてもあるため、このような厳戒態勢をしているそうです。


いざ中へ、、、



建物内から外までの通路では、犠牲者の名前が読み上げられています。

私は、すでに少し涙目に

建物は当時のまま


外に出て少し進むと教科書などにも出てくる看板

和訳 働けば自由になれる

当時、ここをくぐると最後。戻ることはできない。

先ほどの門の横には2重の有刺鉄線+電線。
夜間はライトに照らされ24時間体制での監視

こちらの白樺の木は当時、景観づくりのために植えてここまで成長したそう。

大きく立派です。



こちらは、現存している住居跡を展示場にしています。

荷物
ガス室で使うための殺虫剤の缶

このような実物が展示されています。

他にもたくさん当時のものを見ることができます。

しかし、私はこの辺りで限界がきてしまい建物から出て外で休憩をしていました。



この収容所の所長の家がこちらです。

今は近くで見学することはできません

木が生い茂って見づらいですが、木の影からうっすら見えるオレンジ屋根の家がそうです。

同じ敷地内に建っており、奥さんと2人の子供の4人家族。

庭には趣味のガーデニング、プールまであったそうです。

なんとこの家のすぐ近くに、ガス室+焼却炉があり毎日煙突からは煙が立ち上っていたそうです。

しかし、彼ら家族は特に異常はなく、ごく普通の人達だったそうです。


この家族がどんな気持ちで毎日生活をしていたかはわかりませんが、戦争というものは人をここまで理解のできない状態まで変えてしまうのだなと思いました。

でも、私はこの話を聞いたときに怒りの感情などはありませんでした。

それどころかこの家族のことが少し理解できた気がしました。

なぜなんでしょうか?


この方がテーマの映画「関心領域」が2024年アカデミー賞国際長編映画賞を受賞したそうです。

2024年5月24日に公開されそうなので、帰国後必ず観たいと思います。


ここまでがアウシュビッツ強制収容所にある4つの収容所の1つ第1収容所。(現在の収容所跡は第3まで。見学できたのは第2まで)




続いて第2収容所

このよく見るこの門は、第2収容所の入り口の門。

第1収容所では、収容者の定員がいっぱいになってしまったため第2収容所ができたそう。

第2収容所はとても敷地が広く、よりたくさんの人を収容できてしまった。


あの有名なアンネ・フランクは、オランダからの最後の列車でここに連れてこられてしまったそうです。



門を進むと

ここホームで荷物を全て取り上げられ、働ける者、そうでない者に選別されたそう。

働ける者は過酷な強制労働。そうでない者は、この先にあった4つのガス室のいずれかに連れて行かれたそうです。

同じ人間が実際にやっていたとは思えないことです。

それもたった80年前の出来事ということがまた恐ろしい



私は、今回覚悟をもって訪れた甲斐がありました。

この歳になり、様々なことを学び経験してきたからこそ受け止めることができました。

ヨーロッパの国では、学生のうちにここに訪れることが多いそうです。特に、世界中のどこの国より多く訪れるのがドイツ。

ガイドの方々も、ドイツの方をガイドするのが1番難しいそうです。


今回、中谷さんは日本人のみのガイドツアーを開催してくれました。

普段ヨーロッパの方々には、伝えられないことや表現をわかりやすく説明してくれとても勉強になりました。

心の底から来て良かったと思いました!


私たち日本人は他国への侵攻、世界で唯一原爆を経験した国です。

なので他の国の人たちとは違う視野や思考でこれらの問題を見て考えられるんじゃないと思いました。

今回の経験を活かし今後に活かしていきたいです!


締め

今回は、色々な気持ちと学ぶことの多かった旅。

この経験をただの記憶として残していくのではなく、自分の成長の糧にしていこうと思います!

次回は、バックパッカーでの最後の国ハンガリー編🇭🇺


貴重な時間を割きご覧いただきまして、ありがとうございました。🙏

次回も、お楽しみに🫡

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