19.99歳
深夜のコンビニ。酒類が入っているガラス扉の中。そこに初めて手をかけた。選んだのはストゼロレモン。1ヵ月前は意識することさえなかったその一角にはおびただしい種類の缶々が並んでいる。ポケットに手を突っ込み、免許証があることを確認した。そしてちょうどその壁の真上に設置してある壁掛け時計を眺める。2本の針が真上を指すまであと少し。
重なったことを確認した瞬間、レジへと向かう。考えてみればおかしな話だ、このたった数秒が犯罪かどうかの境目だなんて。台の上に缶を置く。おばちゃんがバーコードを読み取る。タッチパネルにタッチしてください。おばちゃんのマニュアル声。対する俺の指は堂々とYESへ向かう。正当性のある行動をとるのは久しぶりだった。お金を自動精算機に入れる。おつりをとり、そのまま店を出た。身分証は使われなかった。
ミッション・コンプリート。目的のブツは手に入れた。だが、いっしょに飲む相手がいるわけでもない。とりあえず、いつも入り浸っている駅のベンチへと向かう。座ってタブを引く。飲んだ。アルコールの匂いがした。レモンの味もした。冬なので冷たかった。酔ったような気はしなかった。
そうしてちびちび飲んでいると、男子大学生に話しかけられた。友達と待ち合わせをしているのだが、連絡が取れなくて困っているらしい。おお、これがお酒の力なのか。たしかに駅で酒を飲んでいる男には話しかけやすいだろう。いろいろと相談に乗ってあげた。実は同じ大学なのだが、黙っておいた。切り出すタイミングもなかった。会話の最中に思い出せるほど俺のワーキングメモリは多くないのだ。もしかしたら、いっしょに飲めた可能性もあったのだろうか。彼はどうもドタキャンされ、行く当てがなくなったらしかった。身分証を見せれば信用も得られたかもしれない。自分の家もすぐ近くだ。初めて酒を酌み交わす仲になれたかもしれない。だが、話もそこそこに切り上げた。アルコールはそこまで役に立たないらしい。
そんなことも、もう1年前だ。ちょうど1年たったのかと思うと、過ぎた時に刻まれるはずだった思い出の少なさに愕然とした。だが無意味な一日に悔いることだけはついぞ無かったな、と精神的成長を身に感じる。焦りはチュートリアルだったのか。いろいろあったようで、実績と呼べるものは皆無だ。まあ、これもどこかでするはずだった経験なのだろう。レベル上げをするだけの時間があってもいい。ストーリーを進めるだけがゲームではないのだ。
H.B.D.
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?