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#2 こどもと家族の病院環境を考えよう ゲスト:五十嵐 純子さん

 第2回チア!ゼミのテーマは、「こどもと家族の病院環境を考えよう」。アーティストとして小児病棟でのワークショップを実践し、その研究にも取り組む小中大地(ゴブリン博士)さん、重症心身障害のあるここねちゃんを出産し、子育てした経験から、患者家族会を主催する五十嵐純子さんのお話を伺いました。そして、病気や障害のあるこどもや家族にとって、病院の環境やアートはどうあるべきなのかを考えました。本レポートでは、五十嵐純子さんのお話を編集してお届けします。

チア!ゼミとは?
 チア!ゼミは、医療福祉従事者、クリエーター、地域の人々、患者さんやその家族、学生など様々な背景を持つ人たちが集まり、参加者同士の対話によって、医療や福祉におけるアート・デザインの考えを深めるプラットフォームです。実践者や当事者の方に話題提供していただいた後、参加者同士で対話しながら、異なる視点や考えを共有します。多職種の方が集まって話し合うことで生まれた発想や新しい視点を、参加者のみなさんがそれぞれのフィールドに持ち帰ることで、医療や福祉環境を変えていく社会的なアクションへ繋がることを期待しています。

子育ての中にある楽しいデザイン

五十嵐 純子/筑波大学附属病院小児患者家族会「おしゃべり会」代表

 私は、筑波大学附属病院で「小児患者保護者のおしゃべり会」を毎月最終木曜日に開催しています。今日は、自分の経験から「子育てのなかにある楽しいデザイン」についてお話をしたいと思います。

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まだ見ぬ命へ
 まず、私自身も2か月間入院生活を余儀なくされた経験を、お話させていただこうと思います。私が長女を妊娠し、いくつか検査をする中で、子宮頸がんが見つかりました。癌に進行する前の前癌病変、子宮頚部上皮内腫瘍です。自然分娩が危ぶまれましたが、妊娠8か月目で、医師から「進行していないようだから、自然分娩が出来ますよ」と言われました。無事に出産を終え、産後3か月で手術し、円錐切除術で子宮口を切り取りました。その後、二女を妊娠しましたが、妊娠5か月で、外出中に破水させてしまいました。手術跡は、子宮口を切った状態なので、口の緩い状態で働いていたことが原因かと思われます。着の身着のまま緊急入院し、二女の命は危険な状態、まだ母乳を飲んでいた長女には、とても辛い日を経験させてしまいました。

病院のベッドが私の部屋になる日
 自分を責める日が続いた私は、24時間点滴に繋がれ、病室のベッドから動くことも怖くて、天井だけを見る日が続きました。2週間ほどで、赤ちゃんがお腹の中で亡くなると医師から言われましたが、幸いにも生き続けてくれました。毎日、命があることを確認するような日々でしたが、看護師さんが心音を計ってくれる時間が楽しみであり、不安でもありました。暗い気持ちになっては、せっかく頑張ってくれている子供たちや、家族に申し訳ないと思い、このベッド上でもできることを考え始めました。

 しかし、病室は薄いピンク、直線ばかり、質感も冷たいものばかりでした。食事の食器や、メニューも、心躍るようなものではなく、ただの食べ物。器や、盛り付け、食材の切り方ひとつで、美味しく感じるのにもったいない。環境が、豊かな気持ちにさせてくれないと感じました。身の回りから、変えようと思い、タオルやパジャマ(パジャマは点滴をしているので、着づらくて大変でした)、体のケア用品も自分の好きなものを揃えました。おそらく買い物を頼まれた主人は大変だったと思いますが、いつも泣いていた私が、少しずつ元気になったので、願いを叶えてくれたのでしょう。自分が、満足してくると、周りにも気を回すようになりました。生まれてくる同室の方のお子さんに、手作りのマスコット人形をプレゼントしました。通常分娩での入院は、5日間。毎週、入院してくる人がいて、退院する人がいて、私は一人取り残されましたが、たくさんの人に励まされ、とうとう2か月が経ったころ、私のベッドは私の部屋になっていたのです。

家と病院を往復する日々
 2か月の入院生活を過ごし、娘のココネを出産しました。彼女は重症度の高い脳性まひになりました。最初から、医師に「子どもの成長がない」と言われました。歩けないだろう、話せないだろう、見えないだろう、だから何もできないと。親としては、子どもの成長はとても嬉しいものだと思いますが、もしかしたらその喜びがないのかもしれないと、希望が失われてしまいました。それまではテレビや本で見る不幸な物語が、自分の生活になってしまったのです。そこから2年ぐらい、塞ぎ込んでしまい、家と病院を往復するだけの生活になりました。

 それでも、ココネが私の顔をよく見るようになった、水分がよく取れるようになった、顔色や肌の調子がいい、そういった少しだけの変化や成長も、私にはとても嬉しかったのです。次第に、毎日の生活を良くしたいと思うようになりました。けれど、今はすごく素敵になりましたが、この子を生んだ当時の病院は、古くて、薄暗い地獄の入り口のような環境でした。週に2~3回、病院に通うなかで、自分の気持ちも落ち込みましたし、目があまり見えない、感覚があまりない娘にとっても、刺激のない空間で、つまらなかったと思います。

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子育てのなかにある楽しいデザイン
 脳性まひだと、身体にすごく力が入ってしまうか、全然入らないかです。ココネは背骨の側弯や、足首の内反足を予防するために装具を付けています。とても重要な治療ですが、プラスティックや金属でできたものなので、肌にあたる部分に赤みが出たり、痛くて泣いてしまうこともありました。そんな痛くて圧迫感のあるマイナスなイメージの装具ですが、私、これにデコレーションしました。デコパージュといって、糊でペーパーナプキンを貼り付けて、いろんな柄にしました。義肢装具屋さんにも、キャラクター物の装具はありますが、ココネは中学生なので、キャラクター物はどうなのかなと思い、私目線で彼女に似合いそうな色合いにしてみました。立位台という立つ訓練器具も、家の雰囲気に合わせて落ち着いた色に変えてみました。次に、遊びですが、手足が不自由なので、まずおもちゃのスイッチが押せません。そこでおもちゃに、本人が使いやすいスイッチをつなげて、本人がやりたいときに、自分の力で遊べるようにしました。使い慣れてきたら、いろんなものをいたずらするようになってしまいましたが……(笑)それも素晴らしい成長だなと思っています。

 そして、子どもにとっても、家族にとっても大切な行事である七五三の着物やドレスといったセレモニー服も、車いすが乗りづらくなるので、なかなか着られません。そこで、一般的な浴衣をセパレートに作り変えました。車いすに座ってしまえば、後ろはほとんど見えないので、下はエプロンのようにしました。

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患者家族にとっての病院アートの存在
 「小児患者保護者のおしゃべり会」は、月に一度子育ての悩みや不安などが吐き出せる場所です。季節行事では、夏祭りや、クリスマス会をします。支援者がいなかった時は、子どもやきょうだい児と一緒に、ポスターやイベントに使う備品を手作りしました。ただ、小児患者保護者には、こうしたイベントに足を運ぶことすら一苦労です。家から一歩出るのに、あるお母さんは1時間半かけてお子さんの支度をします。もちろんきょうだい児もいるので、その面倒も見ながら来る方もいます。医療的ケアが必要なお子さんは、呼吸器や痰の吸引器をつけると、車いすに2ℓのペットボトルを6本載せているような感じになります。親が元気じゃないと、なかなか外に出る気持ちにもなれなれません。だからこそ、辛いリハビリを受けたり、検査で不機嫌になったり、治療の経過が良くなかった時でも、素敵なアート作品を見たり、院内のちょっとしたワークショップに参加したり、患者や付き添う家族にとって、少しでも病院のなかで楽しいことがあるといいなと願っています。

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筑波大学附属病院での夏祭り(小児患者保護者のおしゃべり会主催)でのここねちゃん(2019)

五十嵐純子/筑波大学附属病院小児患者家族会「おしゃべり会」代表
出産や重症心身障害のある心音ちゃんの子育ての経験から、筑波大学附属病院で小児患者家族会「おしゃべり会」を主催。認定NPO法人smiling hospital japan茨城地区コーディネーターを務める。

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第2回 チア!ゼミ「こどもと家族の病院環境を考えよう」
日程:2019年7月27日(土)14:00-16:00
場所:Biviつくば2F 筑波大学サテライトオフィス
主催:特定非営利活動法人チア・アート https://www.cheerart.jp/
共催:筑波大学芸術系
助成:いばらき未来基金第3回テーマ助成「アドボカシー助成」



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