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#7 社会的処方とまちづくり−小規模多機能な公共空間から考える− ゲスト:守本陽一さん

第7回チア!ゼミでは、コミュニティヘルスにおけるアートに注目し、ケアの視点でまちづくりを実践する総合診療医、守本陽一さんにお話ししていただきました。

チア!ゼミとは?
 チア!ゼミは、医療福祉従事者、クリエーター、地域の人々、患者さんやその家族、学生など様々な背景を持つ人たちが集まり、参加者同士の対話によって、医療や福祉におけるアート・デザインの考えを深めるプラットフォームです。実践者や当事者の方に話題提供していただいた後、参加者同士で対話しながら、異なる視点や考えを共有します。多職種の方が集まって話し合うことで生まれた発想や新しい視点を、参加者のみなさんがそれぞれのフィールドに持ち帰ることで、医療や福祉環境を変えていく社会的なアクションへ繋がることを期待しています。


社会的処方とまちづくり
−小規模多機能な公共空間から考える−

守本陽一さん/公立豊岡病院出石医療センター総合診療科、一般社団法人ケアと暮らしの編集社代表理事

地域の課題と向き合う総合診療医

 僕は、兵庫県豊岡市で総合診療医をしながら地域活動をしています。「総合診療医」という肩書を聞いたことのある人は少ないのではないでしょうか。臓器に限らず、患者さんの家族背景や診療している地域全体の課題に対してもアプローチし、多角的に患者さんを見ることが総合診療医のコンピテンシーです。病院は非日常的空間で、どうしても入院から退院までの短期間にできることが限られます。もっと日常に近い暮らしの動線上でコミュニケーションをとることで、病気や怪我を予防したり、退院後のその人らしい暮らしや住まいをケアしたりすることができるのではないかと思っています。そういった地域活動は、現在全国に広がっているので、僕の活動と合わせて事例を紹介したいと思います。


地域活動における「予防」と「彩り」

 地域活動は、ヘルスプロモーションのような「予防的な側面」と、コミュニティをエンパワメントしていくような「彩りの側面」、大きく2つに分けられると思います。
 予防的な部分だと、病院から医師が出て健康教室を開くということはよくありますが、いつも参加するのは大体同じ方で、そもそも健康に関心のない人は来ないという課題もあります。このような課題に対し、行動経済学の観点から、五感に訴えかけるナッジを用いた取り組みも増えています。人は理性的な反応をする前に直感的に判断する性質があります。コミュニティに人を集めるための要素である「楽しい」「美味しい」「おしゃれ」を取り入れることで、医療に関心のない人も集めることができるのではないかと考えています。僕はこれを「言い訳をデザインする」と言っています。僕の友人に、くちビルディング選手権という嚥下機能を鍛える活動をしている人がいます。皆さん30回噛んでくださいと言ってもなかなか噛んでくれませんが、タネ飛ばし大会のようにゲーム化することによって、いろんな人が参加してくれます。これもデザインの1つですよね。
 もう一方の彩り部分にあたるコミュニティ・エンパワメントについては、最近、健康格差という概念が広がってきています。公衆衛生で有名なマイケル・マーモット先生の「せっかく治療した患者をなぜ病気にした環境に戻すのか」※1 という言葉があります。これまで病気になるのはその人の行動に原因があると考えられてきたのですが、最近の社会疫学の研究によって、所得や教育、雇用といった社会環境の格差が健康に大きな影響を与えているということが分かってきました。特に孤独は、たばこ1日15本分に相当するくらいの死亡リスクになる※2 と言われています。その他、認知症、要介護、うつ病になるリスク、色々な健康に関するリスクが上昇すると言われていて、この孤独の解消が1つ医療における重要な役割になってきています。そこで近年、多世代が集まるような取り組みは全国各地で行われています。

※1 マイケル・マーモット 著, 栗林寛幸 監訳, 野田浩夫 訳者代表『健康格差』2017, 日本評論社
※2 Julianne Holt-LunstadTimothy B SmithJ Bradley Layton "Social Relationships and Mortality Risk: A Meta-analytic Review,"Plosmedicine,2010.
※3 Hiroshi Murayama, Yoshinori Fujiwara, Ichiro Kawachi "Social capital and health: a review of prospective multilevel studies," JEpidemiol, vol.22, no.3, pp.179-87, 2012.
※4 相田潤, 近藤克則「ソーシャル・キャピタルと健康格差」『医療と社会』24 巻, 1号, pp.57-74, 2014.
※5 木村美也子, 尾島俊之, 近藤克則「新型コロナウイルス感染症流行下での高齢者の生活への示唆: JAGES 研究の知見から」『日本健康開発雑誌』41巻, pp.3-13, 2020.


「健康の押し売り」という落とし穴

 僕が活動をしている兵庫県豊岡市の人口は約8万人で、過疎地域ではありますが、兵庫県北部の但馬地域の中では中心的な町です。僕の出身は隣町ですが、豊岡市には大学3、4年生の頃から地域診断として関わり始めました。保健師さんが地域課題を見つける時に行う手法で、多角的に色々な視点から地域を見ることで、その地域の健康課題を見つけていくものです。国から出される様々なオープンレターを使いながら地域の繋がりが健康にどう影響を与えているのかということもフィールドワークしていきました。その中で「住民は我慢強く遠慮がちなので、救急車を呼ぶことにためらいがある」というお話があり、実際に全国平均と比べると出動件数が少ないということが分かりました。
 そこで市の色々な人に来ていただいてアイデアソンを行い、医学生が5、6人で健康教室をやることになったのですが、なんと参加者は1人だけ。この時の僕は、「健康の押し売り」をしていたのだと思います。日曜日の午後に医学生が健康教室をやったところで、貴重な休日に積極的に健康教室へ行く人はなかなかいません。


活動① YATAI CAFÉ

 医療だけでは集客ができないということに気付きました。もう少しポップな活動が必要だと思い立ち、このYATAI CAFÉという活動を始めました。これは、東京大学の孫先生が2016年9月から取り組んでいる活動で、医療者であることを前面には出さずに、屋台で移動しながらコーヒーを提供して対話を行うというものです。豊岡市では2016年12月から月1回で開催していて、カフェやコーヒーに関心がある人が来てくれます。コーヒーを提供しながら、医療に限らず色々な対話を行っています。クラウドファンディングでお金を集めて、映画館の前で町行く人たちを巻き込みながら屋台を作りました。コーヒーは物々交換で提供していて、100円だけ置いていく方や、ちょっとした食べ物を置いていかれる方もいます。いろんなものを頂くので人々のいろんな暮らしが見えて楽しいです。「最近、どうですか」「どこに行くご予定ですか」といった会話から、実は医療者だと言うと、健康に関する質問も出てくることも。自分たちが楽しまないとなかなか継続的に活動できないので、お花見会や書き初め会などちょっとしたイベント感覚でやってみています。あとは、訪問診療の映画があったので、映画館と一緒に人生のしまい方を考えるイベントもやりました。このように5年ほどやっていると、だんだん地域にも認知されていき、健康相談に来られる方も増え、若い人から高齢の方まで、コーヒーを飲みながらお話をする地域のたまり場になっていきました。特に地方だと車移動が多く、知らない人とばったり会う機会はあまりないので、こういった井戸端的な場所は需要があると思います。屋台を自由に移動させて色々な場所に行くことができるので、多様なコミュニティや多層的なネットワークが作ることもできます。例えば、病気を発症したことで学校になじめなくなってしまった子と知り合った時には、音楽イベントを企画している人を紹介しました。するとその出会いをきっかけに、彼は外出回数も徐々に増え、元気を取り戻していくことができました。無関心層にリーチできたり、地域のつながりを作ったり、医療ニーズを把握したり、様々な役割があるのが、このYATAI CAFÉの取り組みだと思っています。

 よく白衣でやらないのかと言われることがありますが、診察室の中の医者と患者さんの関係と変わらなくなってしまうので、医者だということは聞かれない限り名乗らずに活動しています。医者だと分かると、まるで教会で懺悔するかのごとく関係性が変わってくることもあるんですよ。「屋台に通っていて、気付いたら健康だった」という方が面白いかなと思いますし、こういった小規模多機能な場で活動を続ける中で見えてきた様々な役割が、地域の繋がりを作ったり、健康相談のハードルが下げたり、ポジティブな結果を作っていくと考えています。


活動② だいかい文庫

 コロナ禍になると、やはりコーヒーを飲みながらしゃべるという行為は、感染対策的にハイリスクです。地域に人が集まること自体が難しい状況の中、2020年12月、空き店舗が目立つ商店街に、だいかい文庫というシェア型図書館を作りました。月々定額2400円の料金で「一箱本棚オーナー」になれるといったもので、本棚をレンタルして、そこに好きな本を並べ、利用者はその本を無料で借りることができるという仕組みです。店番を交互に行いながら、本の販売やカフェの営業、健康相談も行っています。本に関心のある人が健康相談をしてくれたり、相談に来た人が本を通じて誰かと出会ったりできるなど、ケアと町づくりの接点をコンセプトに考えました。屋台の時と同じく、リノベーションワークショップをして、いろんな人と一緒に図書館を作っていきました。
 オーナーさんからいただいているお金で家賃や、相談所の医療者の人件費を払い、本の貸し出しには、リブライズという無料で使えるシステムを使っています。オープンして8カ月の時点で、60棚のオーナーさんと170人程のカード登録者がいて、貸出600冊以上、売上300冊以上という状況です。本棚の利用例としては、企業の方が一箱本棚を作ることもありますし、ある高校の先生は、生徒たちが自主制作した本を置くために利用しています。中には、こけし好きの方が、地域の人にこけしの魅力を知ってもらおうと本棚にこけしを置くなど、自分らしさを表現する場としての活用例もあります。

 毎月、第2・4の火曜と土曜には健康相談にも乗っていて、障害をもつ方やマイノリティーの方もお客さんとして来てくれます。町づくりというと、マルシェがよくありますが、このようなイベント的な取り組みは、コミュニケーションを強制的にとらないと参加しづらい雰囲気があると思います。だいかい文庫では、会話が苦手な人でもコーヒ片手に本を読むという経験を通じて、中距離的なコミュニケーションをデザインしています。お客さんも、健康相談する人や、書店やカフェを利用する人など様々で、コロナ禍で仕事がなくなったことを相談に来られたケースもありました。このような場合、町中にカジュアルな相談の場があることで、公的な支援に繋ぐことができるのかなと思います。多様な関わりしろを作り、お客さんとしても、「一箱本棚オーナー」としても、店番としても関わることができるという状況を作ることによって、その場自体が地域共生的な場になり、多層的なネットワークを構築することができます。
 医療者としては、病院受診前の住民にアプローチできるという点が、地域に出たことの意義だと思います。地方では、地域コミュニティの希薄化が進んでいて、商店街もかつては50店舗程ありましたが、今は30店舗程しかありません。徐々に都市をコンパクトにできれば良いですが、現実的にはスポンジ状に町に穴が開いていくように日本社会は小さくなっていきます。※6 そこに小規模多機能な公共空間を作ることによって、マイノリティーにも配慮した地域の繋がりを醸成できると考えています。地方だと地縁・血縁型コミュニティが強すぎて居心地が悪いということもあるので、だいかい文庫も含め、本や趣味などテーマ型コミュニティと利益・会社型コミュニティをバランスよくもつことで、ウェルビーイングになれると思います。サードプレイス論のように、うまくこれらのコミュニティを橋渡しするソーシャルキャピタルが重要です。

※6 饗庭伸『都市をたたむ 人口減少時代をデザインする都市計画』花伝社,2015.


地域共生社会の実現を目指して

 このような状況の中で、日本でも社会的処方が注目されています。イギリスの社会的処方は、2006年からスタートしました。これは人間中心性、エンパワメント、共創の3つを基本理念に、社会的な課題を抱えた患者さんに対して非医療的な社会支援を提供するサービスです。例えば、地域住民が医療機関を受診した時に、医者から健康課題の他に社会的な課題や孤立を抱えていると判断されると、リンクワーカーがアセスメントして、趣味やスポーツのコミュニティを紹介します。※7 今年度から日本でも、医療保険者がインセンティブを払うという形で、社会的処方のモデル事業がいくつかの都道府県で始まっていますが、医療的なサポートだけでなく、趣味のコミュニティや地域づくりまで考えられている都道府県はまだ少ないのが現状です。とはいえ地域の中には、生活支援コーディネーターや、地域ケア会議、通いの場、認知症初期集中支援チーム、社会福祉協議会、地域の支援コミュニティ、NPOなど、既にリンクワーカーっぽいことをやっている人たちもたくさんいます。重要なことは、これまでのフォーマルなサービスではなく、地域づくりをやっている一般的なコミュニティと共同しながら活動していくことだと思います。
 地域包括ケアシステムの上位概念として、地域共生社会※8 というものがあります。これは地域の暮らしや生きがいをともに高め合いながら、障害者も含めた地域のあらゆる住民が役割をもって自分らしく生きることを目指す社会を指します。このような社会が実現することは非常に望ましいですが、相談支援と地域社会への参加支援を一体的にやるような場は、福祉サイドからアプローチしているだけでは限界があることも事実です。ケア従事者は、ヘルスプロモーションには強いですが、興味関心がない人までアプローチするには難しいところがあります。ケア従事者と町づくり関係者が共同して活動することで、地域共生社会の実現に近づくことができるのではないかと考えています。

※7 Healthy London Partnership"Steps towards implementing self-care: A resource for local commissioners", p.10, Figure4, 2017.
※8 厚生労働省「『地域共生社会に向けた包括的支援と 多様な参加・協働の推進に関する検討会』 (地域共生社会推進検討会) 最終とりまとめ」2019年12月26日.

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守本陽一
公立豊岡病院出石医療センター総合診療科、公立豊岡病院精神科非常勤医、一般社団法人ケアと暮らしの編集社代表理事、京都芸術大学大学院学際デザイン研究領域在学、厚生労働省「予防健康づくり事業」審査員

1993年神奈川県生まれ、兵庫県育ち。総合診療医。学生時代から医療者が屋台を引いて街中を練り歩くYATAI CAFÉ(モバイル屋台de健康カフェ)や地域診断といったケアとまちづくりに関する活動を兵庫県但馬地域で行う。現在も専門研修の傍ら、活動を継続中。ソトノバアワード2019審査員特別賞。共著に「社会的処方 孤立という病を地域のつながりで治す方法」「ケアとまちづくり、ときどきアート」など。
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第7回チア!ゼミ「社会的処方とまちづくり−小規模多機能な公共空間から考える」
日程:2021年9月18日(土)14:00-16:00
場所:オンライン
主催:特定非営利活動法人チア・アート https://www.cheerart.jp/


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