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悪いのはウクライナの方なのか? 朝日・豊永論文に強い違和感

                                   青山 正     (2022年8月18日執筆)

8月12日の朝日新聞に掲載された、「ウクライナ 戦争と人権」という見出しの政治学者・豊永郁子さんの長文の寄稿文にとても強い違和感を感じました。

「ロシアのプーチン大統領の行動は独裁者の行動として見ればわかりやすく、わからなかったのがウクライナ側の行動だ。」と断じています。しかし、どうしてプーチン大統領が行っている破壊と殺戮の戦争犯罪がその一言で済まされ、一方ロシア軍の残虐行為に苦しみ続ける戦争被害者であるウクライナとゼレンスキー大統領が、批判されなくてはならないのでしょうか。まったく納得ができません。

豊永さんは、ゼレンスキー大統領が総動員令によって18歳から60歳までのウクライナ人男性の出国を原則禁止したことに驚いたとしていますが、ウクライナ側が全力で侵略に抵抗することは決して驚くことではないと思います。その総動員令は「市民の最も基本的な自由を奪うことを意味する」と批判していますが、圧倒的な軍事力をもって、ウクライナの人々の基本的な自由も生存権も人権をも踏みにじっている、ロシア軍とプーチン大統領をこそ真っ先に批判すべきではないでしょうか。

さらにゼレンスキー大統領が、英米の勧める亡命を拒否したことに「耳を疑った」として、続いて「市民に銃を配り、すべての成人男性を戦力とし、さらに自ら英雄的な勇敢さを示して徹底抗戦を遂行するというのだから、ロシアの勝利は遠のく」とおかしなことを述べています。まずここには大きな間違いがあります。「市民に銃を配り、すべての成人男性を戦力とし」ている事実はありません。そもそもウクライナ側はすべての市民に配るほどに銃や武器を保持しているわけはなく、また成人男性すべてを強制的に徴兵して戦場に送っている事実もありません。ゼレンスキー大統領を徹底して悪者扱いする一方、「ロシアの勝利は遠のく」と心配しているということは、豊永さんは一体どれだけロシア軍とプーチン大統領に心を寄せているのでしょうか。

そして豊永さんは「ウクライナ戦争を通じて、多くの日本人が憲法9条の下に奉じてきた平和主義の意義がわかった気がした。ああそうか、それはウクライナで今起こっていることが日本に起こることを拒否していたのだ」と記しています。私はこれを読んで、日本の平和主義というものがいかに底の浅い、表面的な形ばかりのものであったことを示しているのではないか、とつい思ってしまいました。

「ウクライナに住む人々の人権はどこへ行ってしまったのだろう」とも記しますが、決してウクライナ側を思いやった見方ではなく、ウクライナの徹底抗戦を批判するために持ち出した言葉です。そして停戦を拒むウクライナへさらに批判を続けています。

停戦すれば平和になる、あるいは人権を守れるというのは、まったくの幻想にすぎません。とりわけ相手がプーチン大統領のロシアであればなおのことです。それはすでにチェチェン戦争ではっきりと示されています。仮に停戦をしてもロシアの支配下に置かれる地域において、すさまじい人権侵害が行われることは、これまでのチェチェンでも、そしてロシアに占領されたウクライナの各地域でも明らかです。占領地域では選別収容所での厳しい尋問や拷問があり、その後虐殺や強制連行などが起こりました。その現実を見れば、ウクライナの意向を無視して安易に停戦論を唱えることはできないはずです。

また豊永さんは、戦争の長期化はロシア国内におけるプーチン氏の権力を強化する、そして全体主義体制が成立する可能性すらあると指摘しています。しかし1999年に始まった第2次チェチェン戦争を通して、プーチン大統領はすでに権力を強化し、ロシアの全体主義化を進めてきました。今回のウクライナへの軍事侵攻ではそれが完成したのであり、「成立する可能性すらある」という見方はあまりにロシアの現実を知らなすぎます。チェチェン戦争以来多くのジャーナリストが暗殺され、言論の自由はどんどん奪われ続けてきたのです。

このようなウクライナやゼレンスキー大統領を批判的する意見は、豊永さんばかりではなく一部の平和学者などにも見られます。侵略の被害者であるウクライナの人々の苦しみ、悲しみを無視し、ウクライナ側にまったく寄り添おうとはしない平和主義とは、一体何でしょうか。どうして数限りないロシア軍の戦争犯罪を問題にしようとはしないのでしょうか。どう考えてもおかしいと思わざるをえません。

そもそもこの軍事侵攻はウクライナだけの問題ではありません。国連安全保障理事会の常任理事国であるロシアによる主権国家へのあからさまな侵略行為は、国連にとっても全世界にとっても絶対に見逃せない重大な犯罪行為です。国連と国際社会には、ロシアの侵攻を止める責任があります。もうすでに侵攻から半年が経ちます。ロシア軍のこれ以上の戦争犯罪は許されません。

(写真は1995年3月チェチェン共和国首都グロズヌイ。ロシア軍の攻撃により廃墟と化した建物。撮影:林克明)

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