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★東京の地下鉄は川をどのように越えているか?:③様々な方法で川を越える地下鉄たち

東京の地下鉄が川を越える方法を調べるにはどうしたら良いか?ずばり、昔の文献を調べれば良いのでは、ということで、銀座線が交差する、日本橋川と神田川を越えた方法を前回までに紹介しました。(前回までの記事はこちら)

今回は、銀座線よりも新しい地下鉄が川を越える物語を、いくつか調べた結果を取り上げてみたいと思います。

■川を渡るセオリーとは?

川を渡る、というか、地下鉄道を構築するセオリーが、過去2つの記事で大いに参考にした、東京メトロ銀座線の工事誌である、「東京地下鐡道史 坤」に記載されています。結構興味深い記述なので、転載します。

「東京地下鐡道史 坤」からの抜粋。

都市高速度鉄道の第一目的がその速力にある以上、乗降場と地表間の距離を出来得る限り短縮せんとするのは当然の要求であり、世界各国の地下鉄道は街路の錯雑せるロンドンを除く以外は何れも浅型であり、エスカレーター、エレベーター等により尚も両者間の時間的距離の短縮に努めつつある現状であり、当社が建設計画開始に当たって世界各国の実情及び東京市の地質その他を調査の上、路下式浅型を採用したのは20世紀都市地下鉄道の常則に従ったものであり、当然の帰結であった。

つまり、地下鉄は高速であるためには、地上に近いところに駅を作るべき、なので路下の浅い部分に地下鉄は敷設すべし、ということが書かれています。この原則に則って、日本最初の地下鉄である銀座線や、戦後最初の地下鉄である丸ノ内線までは、地表面付近に地下鉄が敷設されることが多かったのでした。

銀座線の日本橋は、橋を避けて開削工法で施工されたこと、万世橋は震災復興橋梁に架け替える際に基礎の下に一体施工されたことは、前回までの記事で紹介しました。このように、地表面に近い所を施工するために、川をせき止めて開削工法で施工することが多いのが、昔の地下鉄の特徴でした。

■谷部だけ地表に露出する、丸の内線御茶ノ水橋梁

丸の内線の御茶ノ水橋梁は、その設計思想からすると、ある意味本当に「セオリー通り」だと感じさせてくる線形で走っています。

神田川に架かる、御茶ノ水橋梁。地表近くを走る丸ノ内線が
神田川の谷底部分だけ、地表に顔を出す形です。
JRの御茶ノ水駅ホームから見ると、
聖橋の下に潜り込んでいく丸ノ内線です。
この角度からの丸の内線が、結構有名だったりしますね。

■戦後の地下鉄は、少し技術が進歩します!

戦後になると、少し技術が進歩し、川をすべて堰き止めて開削工法、というよりは、もう少し違った工法で施工することが主流になります。たとえば、
日比谷線が日本橋川と交差する茅場橋の脇では・・、橋を避けて「ケーソン工法」が採用されています。「メトロアーカイブアルバム」にある、日比谷線の工事記録を拾ってみましょう。

ケーソンで日本橋川を越える日比谷線。
やはり橋は避けて通っていることも多いようです。

橋を避けている理由は、お分かりかと思いますが、橋を生かして上から掘削することはできないため、橋の下を避けて通る、と言う理由と、橋の下には杭基礎などが存在する場合があり、その場合、下を通すと基礎に干渉してしまうことなどが挙げられます。

ケーソン工法は、隅田川のような大きな川を渡る場合にも採用されています。東西線の工事誌で、永代橋を渡る部分の東西線を見てみましょう。

永代橋を避けてケーソン工法で作られた東西線の隅田川交差部。

ケーソン工法とは、簡単に言うと、隅田川の真ん中の一部を矢板で取り囲み、そこに盛土をして、陸地を一時的に作ります。いわゆる「築島」を行った後、そこにケーソンを据え、圧気工法でそのケーソンの下部の地盤を掘削し、所定の深さまでケーソンを沈設するという工事です。

二重締切矢板で囲った範囲に盛土で築島し、そこにケーソンを据え、
底面に圧気をかけながら下を掘削してケーソンを沈設します。
永代橋の脇で築島して沈設している状況。
こんな感じで、部分的にケーソンを沈設し続ける工事でした。

■シールド工法の普及

ケーソン工法は、地上で組み立てた函体の下部に部屋を設けて圧気をかけて下を掘っていき、函体を沈下させていって地下に沈設する工法です。なぜ圧気が必要か?というと、ずばり地下水が存在するから、です。地下水が掘削している部屋に入ってこないように、圧縮した空気で地下水圧に対抗しようとする考え方です。シールド工法は、その原理と同様に、当初は水平に掘削しようとするトンネルの切羽の部分に圧気をかけ、地下水が出ない状態で水平に掘削することができるようにしたのが最初です。その後、人力掘削しなくて済むように、切羽を泥水などで密閉し、カッターが回ることで掘削できていくという工法が確立していきました。それが実現したことで、深い場所でも確実に、そして安価に掘削できるようになりました。

こちらは、半蔵門線が隅田川を渡る部分の平面図です。半蔵門線は、2003年に水天宮前駅から押上駅までが開通した、比較的新しい開通部分です。その区間では、シールド工法が採用され、川底だけでなく、合計1.25㎞の区間が一つの工区として施工されています。

隅田川横断部を含む、隅田川工区シールドの平面図。
縦断面図。隅田川付近は地下25mくらいのところを通過しています。
Φ9.9mの複線断面シールドトンネルだそうです。

この区間では、隅田川の下25mくらいのところを通過しており、開削工法やケーソン工法を採用している箇所よりも深い場所を掘削しているところが特徴かと思います。この区間でシールドが深くなっている理由は、地上の建物の杭を避けるため、です。つまり、シールド工法を採用することで、地表面の支障物などを避けて、東京の地下鉄のトンネルは、だんだん深い所を求めて施工するようになりました。最初にご紹介した、銀座線の施工当時とは随分設計思想が変わった感じもします。ひょっとしたら、東京も戦後の高度経済成長期に、「街路の錯雑せるロンドン」に近い状態になったのかもしれません。

■もう一つの地下水対策工法~凍結工法~

圧気工法やシールド工法を用いて掘削するのは、全て「掘削中に地下水が流入しないようにするため」です。地下水が流入しない方法としては、地下水に負けないような圧力をかける方法などがありますが、もう一つの方法として、「地下水を凍らせたら、水は出てこないよね」という工法があります。それが凍結工法です。これは、千代田線の日本橋川との交点、神田橋の直下に採用されました。

地上から凍結管という管をたくさん張り巡らせ
そこに冷たい液体を入れて地盤を凍結させる工法です。

橋の下に凍結管を張り巡らせ、地下水を凍らせたうえで、その部分を掘っていくという工法です。

凍結管は、ブラインと呼ばれる冷媒を冷やして循環させる方法で冷却します。

ただ、地盤を凍結させると、液体よりも水分子が若干膨張することによる、凍結圧による膨張に起因する周辺地盤の変形なども発生するため、実際に用いる場合はなかなか神経を使って施工していたようでした。

■終わりに

今回は、「メトロアーカイブアルバム」をバイブルに、東京メトロ各線を中心に、地下鉄が河川を横断する場所の工事をどのように行ったかの記録を辿ってみました。昔は開削工法中心だったのが、ケーソン工法の普及や、シールド工法の採用などもあり、用途に合わせて、もしくは時代背景に合わせて、いろんな形の河川横断が見られるようになりました。

地下を潜るトンネルに共通する悩みは、「地下水対策」ですが、それを解決する一手法として、「凍結工法」が採用された場所もあります。湧出する地下水を凍らせて固めてしまえば、安全に掘削できるという考えでした。そういう考えで、河川横断部を乗り切ったトンネルもあり、とても興味深いものと思いました。

こんなことを考えながら、川を横断する際には、「ここにはこんな地下鉄が、こんな工法で・・」ということを思い出してもらえればうれしいです。(かなりマニアックな考察ですが(笑))。


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