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ドラクエの発売日には、ドラマがある。(ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君)

2004年11月27日の、午前6時20分。

ゲームショップにとって、ドラクエの発売日は何年かに1度のお祭りだ。だから開店時間を3時間も早めたし、手書きのポップも作ったし、掃除だってすみずみまでやった。シャッターの前ではすでに、お客さんが長い列を作っている。

ダンボールにぎっしり詰められたドラクエⅧのパッケージ眺めながら、僕は9年前の、ドラクエⅥの発売日を思い出していた。

スーパーファミコンでドラクエⅥの発売日が決まると、僕はすぐに近所のおもちゃ屋さんへ予約に走った。

まだ発売まで何ヵ月もあったけど、そこからは至福の日々が始まった。少しずつ公開される情報に心を躍らせながら、カレンダーに×印をどんどん並べていった。ドラクエを買ってもらうために、学校のテストも目の色を変えてがんばった。母親は単純な子ねぇと笑いつつも、ドラクエならちょっと長めに遊んでいいよ、と約束してくれた。

いよいよ発売が迫ってくると、夜眠るのがもう、楽しみで楽しみで。"あと4日!"が"あと3日!"になるだけで、ほんとうにうれしかったのだ。

そして迎えた発売日、1995年12月9日の土曜日。僕は11歳だった。お店の前で開店を待って、走って駆け込む。やっと、やっとドラクエができる! そう思いながら、レジで予約票を渡す。

……すると、店長がちょっと困った顔をして、こう言うのだ。

「ごめんな……。日程を間違えたらしくて、まだ届いてないんだよ」

え? 買えないの? ウソでしょ!?
あんなに楽しみにしていたのに! あんなに早く予約したのに!

その言葉を聞いた瞬間から僕はわんわん泣きだして、母親と店長をおおいに困らせてしまった。友達がドラクエ目当てで遊びに来たけれど、1日じゅう、ふとんにくるまってふさぎ込んでいた。

……結局、店長がうまく手配してくれたおかげで、つぎの日には、めでたく手に入ったのだけれど。

でも、今思い返してみても、大泣きした自分をバカにする気にはなれない。それまでの毎日がまぶしく輝くほどの楽しみを、それが裏切られた時に涙を流すほどの楽しみを、僕はこれから持つことができるのだろうか。自分の世界が狭かったから。幼かったから。そんな理由だけじゃ片付けられない情熱を持っていたと思う。11歳の僕は。

バイト先のゲームショップ。数年前に閉店してしまった。

2004年11月27日の、午後10時10分。

閉店時間から10分が過ぎて、最後のお客さんが退店。ふー、と息を吐きながら、僕は錆びたシャッターをゆっくりと閉めた。

ドラクエⅧは売れるに売れた。1年近くバイトを続けていたけれど、ダントツでナンバーワンだ。朝から夕方まで、人の波が絶えることはなかった。こんなにたくさんの1万円札をはじめて見た。「ありがとうございました!」と言い続けて、声がガラガラに枯れた。

シャッターを閉めたあとは、店内の片づけ。帳簿もすばやく書き上げた。あとは店長に売上報告の電話をすれば、家に帰ってドラクエざんまいだ。みんな、今ごろ夢中になってプレイしているのだろう。待ってろよ、僕だってもうすぐ……。

そんなことを考えていたとき、誰かがシャッターを叩く音がした。店長だろうか。もしかしたら飲みに連れて行ってくれるのかもしれない。でも、正直言うと1秒でも早く帰って、PS2の電源を入れたいんだよな。

どう断ろうか思案しながら、僕はアルミ製のシャッターをゆっくりと上げた。すると、

緑の帽子をかぶった小学生くらいの男の子が、そこに立っていた。
息を切らせながら、その子は祈るように僕に問いかけた。
「……まだドラクエ、ありますか?」

ああ、この子は昔の僕だ、と思った。
まだソフトが残っているか不安を抱えながら、どうしても今日中に遊びたいという情熱に動かされて、この店まで駆けてきてくれたのだろう。

閉店時間から20分が過ぎている。ここでソフトを売ったら、さっき書き上げた帳簿も書き直しだ。でも、そんなことはどうだっていい。どうだっていいんだよ。だって、いまの僕はゲームショップの店員だ。伝えるべき言葉はひとつだろう?

「だいじょうぶ。まだドラクエ、あるよ!」

なんでそんなに必死になるんだ。発売日に買えなかったとしても、少し待てばいいじゃないか。そうオトナは言うかもしれない。

でも、それは違う。ドラクエの発売日は、それ自体が大きなドラマなのだ。何年かに一度しかやってこない、大切な、ワクワクするお祭りだ。全国で何十万人もの人が同じ日に電源を入れて冒険に出る、船出の日だ。

つまり、“発売日にドラクエを買う”というイベントそのものも、ドラクエの楽しみのひとつなのだと、大人になった僕は感じている。もちろん、発売日が決まってからの輝く日々も、こうして回顧するセピア色の思い出も。

男の子はありったけの笑顔で、ふくろに包まれたドラクエⅧを受け取った。おかしな店員だと思われたかもしれない。僕はもう、とっくに泣いていた。そうだよな、ドラクエ、やりたいよな。僕もそうだったし、いまもそうなんだよ。

涙で手元がよく見えなかったから、金額を間違えないように何度も確認して、男の子に渡した。おつりを受け取ると男の子はうれしそうにおじぎをして、店の外へ駆けていった。

ドラクエの発売日には、ドラマがある。

量販店の列に徹夜で並び、ドラクエ談義をするゲームファン。ワクワクしながら帰りを待つ息子のために、寄り道をするサラリーマン。逸る心を抑えながら、お店へ駆ける男の子。きっとそんなドラマが、日本中で起こっているはずなのだ。

12度目のドラクエの発売日も、きっとまたやってくる。子供のころ抱いた情熱は、まだ僕の中に残っているだろうか? それを確かめたいから、僕はまたゲームショップへ走っていくのだと思う。

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