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太陽を抱きしめる

どうにもならない事が重なり、自分でもどうしていいか分からず途方に暮れていた。
色んな事が気になって、ガマンしていたのか胃痛が再発した。
過去にストレスで胃痙攣になってから、ちょっとしたことで胃がすぐチクチクずきずき痛くなることが増えた。

その日は朝からずっと痛くて、夜に夫とソファで過ごしていても普通の姿勢ができないほどの調子になった。
もちろん心配されて理由を尋ねられたけれど、愚痴になるのは目に見えているのと、口にすることも嫌だったから頑なに言わないでいた。
でもそうしたらこの体たらく。
1年半以上、とくにこの半年はひたすらしんどくてホント無理、となっている。

仕事以外の場でこんなに体調に出て、そうしてまで続けるほどの意味の仕事じゃない。
だけど、再就職の事考えたらやめる踏ん切りがつかない。
仕事内容は慣れてるし、好きだし。


翌日の夜、飲み会から帰ってきた夫がどうしても私の胸の内を聞きたいとつぶやいた。
あの調子の悪さの深刻さを目の当たりにし、一日ずっとモヤモヤしていたらしい。
自分が原因なのかもしれないと悩ませてしまったようだ。

全然そんなことはなく、仕事関係だよ。

仕事関係ならなおさら。今までどんなことでも全部話してくれたのに、なんで今回は話してくれないの?

言ったとしても取るに足らない事。口に出すのも嫌だけど、考えすぎてただけ。犬も猫も食わないくだらない事だよ。

じゃあなんで話してくれないの?愚痴でも何でもいいから全部聞きたい。聞かせて欲しい。体調悪くなるの見てられない。

考えたってしょうがない事だよ。だから大丈夫。しょうもないことだから。

じゃあ話してくれてもいいじゃん。


そんな押し問答でとにかく私の本音を聞こうとするのが上手。
私が本当のことを言わないでずっとガマンしてきたことも分かってる。

何でこんなに優しいんだろう。
今までこんな相談しても傷つく返ししかもらった経験がないので、初めから話さない選択をしてしまっていたのだけれど、この人はちゃんと聞いてくれる人だ。
だから、全部委ねて汚い気持ちを聞かせるのは忍びなくて申し訳なかった。
依存するみたいで、されるほうがどれだけしんどいか身をもって知っていたから。

けれど、「悩んでいることを聞かせてもらえないことが、ちひろにとって信頼されていないようで申し訳ないのとつらい」と涙をこぼされてしまったものだから、ぽつりぽつりと本音を言うことにした。

会話外し、シカト、無視、話しかけてもろくに反応されない、私が席を外すと話し始める、話題すら振らない、私抜きでずっとやりとりをされている、空気のようで疎外されている。
3人、もしくはマンツーマンでの職場で、それがこの半年間は朝から夕方まで毎日。
他にもあらゆることが積み重なって正直鬱になりかけてるのか、職場につくと動悸が止まらない日が増えた。
突発的に「もう無理!!!こんなとこいたくない!!!」と叫び出しそうになるたびに、有休をどこかで申請して「この日までとりあえずがんばろう」としている。
っていうか私に辞めて欲しいのかな?辞めても別に大丈夫だからそんな態度されてるのかな?
じゃあ全部仕事おっつけていいんだね?それは結局困るみたいな風に思ってるなら初めからそんな態度するなよ???
わざと分かってやってる事なんだから自分で責任とれるよね???みたいに自棄になりそうになる。

気持ちがゆがむ自分がいやだ。


そう言い終えたら
「もう辞めよ。辞めていいよ。そんなところ。そんな思いしてまでそこで働く必要ないよ。
そんなの毎日だったら、ちひろじゃなくてもそう思う。
いつもの仕事ぶりや対応をちゃんとしているのは他の上司からの評判聞いても分かる。現場を見ていないから分からないけれど、ちひろがそんな思いしてまで我慢して続けているのがつらいし、
自分と結婚したことに要因があるのだろうけど、それでもなんでそんな風にちひろが当たられなきゃいけないのか分からない。」
と、これまた涙してくれた。
人の事で泣いてくれる男性が初めてすぎて戸惑ったけれど、この人は本当に優しい人なんだなと改めて思った。


辞める、辞めると言っても、じゃあ本当にいつまでやるか、いつ辞めるかと具体的に考え出すと「いなくなってみんなが困る事」がとてもありすぎて尻込みしてしまう。
それで騙しだまし3年たって、いいように使われている。
二人からは「そんな態度しても構わない存在」に思われているからそんな態度されているわけで、心ではもう心の糸が死んでいる。
今や人手不足といえど、とくに何の資格もない40手前で、結婚したてで雇ってくれるところはあるのだろうかとも考えるし。

もう一緒に働いていたくないって事は強く思うけど、仕事内容はやりがいがあって好きだ。
でもこの空間で仕事し続けることは、できない。

答えを出すのが難しい。


結局その話をし始めたらまた胃痛が起こり始めてしまったので、とりあえず痛み止めを飲んで寝ることにした。
泣きたい私の気持ちを分かっている夫は、寝る時に思い切り抱きしめてくれた。

明け方もトイレに目覚めて戻ると、寝ぼけ眼で布団をめくってくれて腕を広げてくれた。
起きる時間になっても「もうちょっとだけ抱っこさせて」と、少しだけ抱っこしてくれた。

夫は体温が高いほうだ。
とくに寝る時よりも明け方のほうがぽかぽかで、首元に鼻をうずめるとミルクのようないい匂いがした。
年齢的にはおじさんになるのに、どうしてこんなにいい匂いがするのか不思議。
私が匂いを吸い込むと、頭の上でフガフガ感覚がした。
ちょっと頭皮の匂いは自信がないから吸い込まないでくれと思いつつ「いい匂い。落ち着く……」と軽いいびきをかきはじめたから、なんか許してしまった。

抱きしめ返したら、本当に体が燃えるように熱くて、(まるで太陽を抱きしめてるみたいだな)そう思った。

ううん。
私にとってこの人は本物の太陽だなぁ。

明るさと朗らかさに本当に救われている。
いつも温められてばかりだ。

この人の前では笑顔でいたい。悲しい顔を見せたくない。
それでも全部見たいと言ってくれるこの人の懐の大きさと深さを、私も真似したい。

うっすらとした朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいることを感じながら、ゆるゆるとまどろんだ。